書物

□座敷童子 一の幕
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親が、子を思う気持ち。子が、親を思う気持ち。厭わぬ思い、絆、深まり、切れぬものとなれば……同時に、二人の間には陰が生まれる。








生まれなかった命。えてして、生まれたかった命。呼び合い、溶け合い………いつしかそれは、恐ろしいほどに無垢なものになっていく。








宿りたいが故に取り憑くもの。宿れないゆえに憂うもの。どちらが正しいのかは………然に非ず、誰も知らない。









「私には、分からん」








雨が降る。しとしと、しとしと。開いた雨傘から、雨粒が垂れ、帯を濡らす。その赤い番傘の下で………少女は、吐き出すように呟いた。








浅葱色の瞳に、鋭い光が宿る。異人のようにくっきりした目鼻立ちからは想像がつかぬほど、少女は男らしい口調で口を開く。








馬鹿らしいな、私には、分からん。もう一度、少女が呟く。彼女の、目頭までの眉上で切りそろえられた前髪が……ふわりと、冷たい時雨混じりの風に靡いた。








私には、分からん。何度も、つぶやく。ちりんと、少女の髪飾りの鈴が、呼応したように風に煽られた刹那。ーーーその細い肩を抱き寄せる、白い腕。








抗うこともせず、紅色の加賀友禅を纏った少女は、浅葱色の着物をまとう男の腕に収められ、派手な男が差す、これまた派手な傘を差し出された。








「何が、馬鹿らしいのです?……御室」







御室。そう名を呼ばれ、少女は目頭までの短い眉毛をしわ寄せ、さあな、と意味深に答える。御室のその回答に、男は訝しげに片眉あげた。








ガチャガチャ。男の背負う薬箱から、何かが揺れるような音がする。薬売り、それ、五月蝿い。御室が言えば、男……薬売りは、ほうと言って笑った。








「五月蝿いのは、仕方ないでしょう。…斬るまでの辛抱だ」







「ならば、早く此処に入ろう。私もお前も、分かっていることじゃないか」







御室の細い人差し指が指さす先には………瓦屋と書かれた、随分と立派な宿。はい、はい。薬売りは、やはり御室を腕に抱いたまま、ゆっくりと笑う。そしてーーー。








その瓦屋の観音開きの扉に、ゆっくりと白い手をかけた。
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