書物

□恋慕 一の幕
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「なぁ、お前は………同性に陵辱されるのは、どう思うか?」








雨が降る。開け放たれた雪見障子から、時雨まじりのつめたい風が吹き、暗い宿の一室に冬の空気を運んだ。








御室の声。そこにいるのに、暗くて見えない。が、彼女の髪飾りに付いた鈴がちりん、と鳴り、どうやら彼女は薬売りの横にいるらしかった。








はい…?聞き返す。唐突な質問。しかも内容が内容だ。薬売りが些かばかり青い瞳を見開けば、彼女は髪飾りを揺らしてくすくすと笑った。








「だから、同性に陵辱されるのは、どんな気持ちかと聞いたんだ」








「俺に聞いて、どうするんです?」







「そりゃあ、お前なら分かりそうであるからだ」







くつくつと、御室が笑う。彼女の耳についた梅結びの耳飾りが風に揺れ、彼女の笑い声すら冬の風に煽られて部屋中に靡いた。








何故、いきなりそんなことを聞いてくるのか。薬売りには、分からない。だが御室の表情と至って真剣そのもので、とても冗談を言っているとは思えない。








答えるか、否か。迷う薬売り。とりあえず煙管を取り出し、なんとなしに吸うてみたりする。が………おい、と御室がそれを急かした。








…………どうやら、答えなければいけないらしい。あぁ、そうだねぇ………薬売りは言葉を濁し、一寸だけ言うべき言葉を考えた。








「まぁ………知らなくも、ないですがね。あまり良いもんじゃないーーーあれは、ね」







「くっくっ………やっぱりか。お前は手段を選ばないからなぁ」








知らないわけでもない。薬売りはよくーーーーモノノ怪の真や理に近づくために、同性に体をもってして接近することもあった。








薬売りは秀麗な面持ちの方である。甘い言葉で釣れば引っかかるし、誘いを孕んだ流し目をすれば簡単に騙される輩もいる。……実に、世の中とは甘いものである。








やはり、聞いて正解だったようだ。御室の声が響く。甘さを抑えた、少女にしては低めの掠れ混じりの声は、薬売りの鼓膜を溶ける程に揺らす。








さて、行ってくるとするか。ーーーー立ち上がる、衣擦れの音。ちりんと、髪飾りについた鈴が冷涼に揺れ、時雨の音にとろりと蕩けた。
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