書物

□恋慕 二の幕
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ゆらゆらと、つまみ簪が揺れる。あぁ、せめて逃げてくれ。笑顔を浮かべる御室に、吉衛門が願うように目を閉じた刹那。








「遅かったな、薬売り。…………待ちくたびれたぞ」








ーーー身を固めた吉衛門の耳に聞こえた言葉は、予想だにせず………あまりにも衝撃的なもの過ぎて。








えっ………?目を見開いて、吉衛門は御室を見る。その唇には………やはり、艶っぽさを孕んだ笑顔が浮かんでいて。








なぜ、待ちくたびれる必要があるのか…………吉衛門が、薬売りと呼ばれた派手な男に振り返れば………やはり彼も、すまないね、と笑顔を唇にたたえていた。








「お前が来ぬうちに、女だとばれたらどうするつもりだったのだ」







「またまたーーー悪い、ご冗談だ」







「分かっておるくせに」








くすくす。やはり艶っぽさを孕んだ御室の唇から、鈴がなるようなーーーー男にしてはやや高めの声が響く。抜けるほど白い喉が、かすかに動いた。








「女だとばれたら」。それがどう言う意味か。日本語すら分からないほど、吉衛門は混乱していない。と、いうことは、だ。つまりーーーー。








「そ、それでは貴方はーー!!!!」








「あぁ、そうだ。ーーーというより、私がいつ男だと言った?」








「しかし貴方、元服が済んだと……!!」







「ーーー女にも、元服はあろうが」








刃に刃。騙された、と頭を抱える吉衛門に、御室は唐突に単の袷を見出し、豊かな胸の谷間をがっと露にする。








これ、なんてことをーーー薬売りが咎めるより早く、御室がだろう?と笑い、更にーーー見せつけられてか、主人が畳に膝をついた。







ーーーーそんな、自分が一目見て惚れたあの少年は………女で、あったのかーー!?







騙したな。吉衛門が短くつぶやき、ぎりりと歯を食いしばる。奥歯を噛み締めるような音が響き、御室はそれを見下ろして鼻で笑った。








あんな私でも付けるような嘘に、騙されるのが悪い。ーーー馬鹿なやつだ。御室の瞳には、意地が悪そうな光。いつの間にか変わった一人称は、紛れもない証拠。








「なぜ、騙してまでここに来たのだ!!!」







「何故かーーーまぁまぁ、薬売り。話してやれ」








憤る吉衛門。対して、分かりきっていたかのような、余裕綽々な笑顔を浮かべる御室。話をふられ、薬売りははいはいと息をつく。
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