書物

□恋慕 大詰め
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「俺に、何を話せと……?」







「お前が手を上げていた陰間。役者。どっちでもいい。ーーーあれは誰だ。何をしたんだ、お前は」








「っ…………」








痛いところを突かれ、吉衛門は黙って閉口する。何に怯えているのか。何を恐れているのか。ーーー話さねば、余計に恐ろしいことになるというのに。








はたと口を噤んで、吉衛門は全く他所な所に視線をやり、それきり御室の瞳を見ない。話したくないのか。御室が問うと、彼はまた一筋、額から汗を流した。








何かを隠しているという事実を、隠すことさえ諦めたらしい。吉衛門が何かをし、故にモノノ怪が産まれたのは一目瞭然であるがーーーこれでは埒が明かない。








どう、しましょうねぇーーーー。まるで他人事な薬売りが、顎に手をやりながらポツリと呟き、赤い空間を見上げる。今は静寂だが、それもいつまでか。








「何、口を割らないなら割らないだ。斬れなくとも、死ぬのはお前ではないだろう?薬売り」







「………酷いことを、言ってくれるね」







「事実を言った迄だ。いや何、悪気はない」







御室の横顔が、ほのかに笑う。異人のようにくっきりした目鼻立ちは、うっすらと彼女の不機嫌を表しているし、何より口元は笑っているが、浅葱色の瞳は笑っていない。








冷淡、薄情。………彼女の口ぶりは、いつもこうだ。だが、一番モノノ怪と真摯に向かい合っているのも御室だということをーーー薬売りは、知っている。








化猫の時から、そうだ。御室は掴みどころがないくせに、モノノ怪に向かい合う様は真剣そのもので。








多分、そうするのにはなにか深い理由があろう。彼女の生まれ。……壱岐だと言っていたか。あれと、何らかの関係があるのかもしれない。ーー薬売りは、知りえないが。








「………どうしても、話したくないか」








そんなことをあれこれ考えていた薬売りの思考を、御室のため息交じりの言葉が遮る。吉衛門に向けてだ。








その突き刺さるような問に、もちろん吉衛門が答えられる筈がない。ーーーーやはり口を閉ざした彼は、沈黙を通す気でいるんだろう。








そんな彼を見て、御室は仕方が無いな、と何処か分かりきっていたような口ぶりで答える。そして………帯から扇を抜くと、開かずにそれを口の前に持ってきて、にやりと笑った。








「少し……いや、かなり怖いだろうが、口を割らねばこうなるのだぞ。我慢しろ」







そう、言って息を吸うとーーーーいきなり、感字の羅列を言葉にして、紡ぎ始めた。








「悪鬼羅刹の処、鬼神の処。即ち天津神の御祖に背きしもの、布留、由羅、一二三四の神に痛み苦、五六七の拠るものに依りてこれをば三神に數しむ」
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