書物

□海坊主 二の幕
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ーーー薬売りは、化猫のとき、確かに怪事は収めたし、モノノ怪は斬ってくれた。それは紛うことなき真実であり、動かないもの。だが……。








本当に彼は、『誰かを助けた』のだろうか?………そうなれば、誰も助かっていない。と、加世は思う。唯一言えるのだとしたら、御室のことだけだろう。








実際、坂井の家は取り潰しになった。花嫁も、当主も死んだのだ。当然だろう。そして……唯一生き残ってしまったご隠居の手元には、何も残らず。








ーーーー結局、この人は何がしたいのだろう。








寝転がり悠々と寛ぐ薬売りを見下ろして、加世は疑心暗鬼なままに眉を寄せる。と、薬売りがそんな気配を感じてか、加世に振り返るとーーー。








「……あんまり怖い顔をしていると、嫁の貰い手がなくなる」








やはり涼しい顔をしたまま、むっとした表情の加世に言った。








「お、大きなお世話です!!!」








そう、本当に大きなお世話だ。例えそうだとしても、少なくとも年頃の女に向かって吐く台詞ではないだろう。








頬をふくらませ、自分を睨みつける加世に、薬売りはやはり涼しい目線を向けにこりともしないまま起き上がる。………何もかも、気だるげな男だ。








いけ好かない態度の薬売りに、加世は健康的に焼けた頬をぷくーっと膨らませると………畳を手のひらでバン、と叩き、薬売りに詰め寄った。








「本当のこと言いそうにないけど、聞きます!!……薬売りさんが、羅針盤に細工したんじゃないんですよね!?」








「さぁ、どうだかなーーー」







「あんたねぇ……!!」








ほら、予想通りの答え。ーーーが、言われると腹が立つというもの。薬売りの横面を、加世は思いっきり睨みつける。








ほれ、はしたない。ーーーそんな彼女を、いつの間に船内にいたのか、御室が肩を叩いて慰め、彼女は薬売りの隣に腰を下ろした。








お前も、お前なのだぞ。薬売り。…………言われ、彼ははいはい、とまこと適当に頷く。そして………帯から退魔の剣を引き抜いた。








「羅針盤に細工はなかったとしても、私もこの海に連れてこられたんですよ」







「………誰に?」








それに、薬売りは答えない。が、彼が物言いたげに見下ろす視線の先には…………あの、獅子頭のついた退魔の剣。








その剣、まさか命を持ってるんですか………?加世は、訝しむ。そりゃあそうだろう。どこの世界に、剣と会話をする人間がいるものか。








が、やはり薬売りは人に説明する気はさらさらないらしい。………さぁ、どうだか、と、またもや明確な答えではなく、曖昧に返した。








のらりくらりと質問を避けて見せる薬売りに、加世の中で何かが切れる。そして………加世は畳に乗り上げながら、気だるげな横顔に詰め寄った。








「あのねぇ、薬売りさん!?貴方がなんだかすごい人っていうのは認めるわよ!?でもそんな態度じゃ、女の子にもてませんからね!!ーーー御室様が、優しいから何も言わないだけなんですよ!!」








「はい、はい」







「………ほう、お前の中では、私は優しい女なのか」







二人同時に反応をしめし、何が楽しいのやら、御室はくつくつと喉を鳴らしながら微かに笑ってみせる。
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