書物

□海坊主 大詰め
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死体とて、いつかは朽ちる。今虚船を引っ掻いているモノノ怪は、もはや形すらそこにとどめていないだろう。








目の前で起こる非現実的な出来事に、皆阿鼻叫喚の様である。どうにもできないが、このまま虚船を放ったらかしにもしておけまい。








誰が、最初に言い出したのやらーーー。気づいた時には、幻殀斉はさも妙案浮かんだ、と言わんばかりに声を張り上げた。








「ならば、この虚船を開いて屍を弔うことで、我らは陸に帰ろうぞ!!」







「こ、これを開けるというんですか!?」







幻殀斉の言葉に、菖源は恐ろしい、と言いたげに体を震わせ、怯えた瞳で虚船を見上げる。中にいるお庸とやらは、如何なるご尊顔をしているのか。ーーいや、既に朽ちているかもしれない。








でも、出たいよねーーーー。加世が言えば、菖源はいやいやと言わんばかりに首を横に振った。








「私は怖いです!!五十年もこの中にいたのなら、屍とて朽ち果てているはず!!」







「ならば尚のこと、その不憫な源慧殿の妹君の魂を救ってやらねばなるまい!!!」







もはや開けることは決定事項に組み込まれているのだろう。その様子を遠巻きに見つめながら、御室は視界に映るお庸の微笑みに、眉にしわ寄せた。








彼女は、真っ直ぐなものが嫌いだ。目の前のものを疑わない人間や、あるもの全てを信じるもの。傷つくことを恐れない者。ーーーー御室は、苦手なのだ。








だから、彼女はお庸の微笑みが。隠された真実、まだ誰にもあかせぬ真実。それでもなお笑うお庸がーーーー嫌いなのだ。どうしようもなく。








ーーーー歪んで、おるな。








自分が汚いのだろうか。醜いのだろうか。閂に手をかけ、虚船を開けようとしている加世達をみて、御室は思う。けれど………。







ーーー仕方ないんだよ。私は、怖いんだから。








未だに、坂井の者の死を忘れきれられていない自分が。傷ついてもなお、さらに傷をえぐる過去が。そしてーーー眩惑の中できいた、あの薬売りの言葉が。








「…………怖くて、仕方が無い」








呟き、自嘲する。そんな彼女を見て、薬売りは近寄ろうとしたがーーーー目が合った瞬間、御室が怯えた顔をして、それは諦めた。








そんな二人をいざ知らず、加世はゆっくり薬売りに振り返ってーーー。







「あ、開けていいんですよね……?」







「ーーーモノノ怪となり、この海をずっとさまよいたくないなら」







「す、進んでなりたい人なんていないでしょ?!」








薬売りの、歯に衣着せぬ言い方が癪に触ったのか、加世がむっとした表情で彼を睨む。が、すぐに虚船に向き直り、閂に力を込めた。








せぇの、という幻殀斉の音頭と共に、一斉に閂が引っ張られる。が、ーーーーびくともしないどころか、むしろ人間がやられる始末。








無駄だろう。御室がぽつりと言えばーーー聞こえたらしい幻殀斉が、何やら言いたげな目線を彼女に向け、また閂に向き直った。
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