書物
□蛇神 二の幕
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「どういう風の吹き回しだ、佐吉とやら」
「貴方がなぜそこまで蛇神様を崇めるのか、気になってね」
蔵へ進む廊下。後ろ手に縄を縛られたまま歩く御室は、前をゆく佐吉の背中に問い、後ろに控えた陽佐衛門を睨みつけた。
佐吉はそう答え、御室を横目で見やる。どれだけ暴力を振るわれ軟禁されていても、彼女は実に堂々と振舞っていて、美しさも衰えていない。
佐吉はつい御室の異人のような麗しい横顔に見惚れそうになったが、彼女は今は自分の敵とも味方とも言えぬ存在だと気づき、ふいと視線をそらす。
そして佐吉が立ち止まったのはーーーー御室が蹴って壊し、鍵が完全に馬鹿になったのか、扉がきいきいと風に吹かれているあの蔵。
あれ、壊したままなのか。ーーー御室が半笑いで陽佐衛門に問えば、彼はやはり仏頂面のままこくりと頷く。
佐吉は完全に壊れた扉を完全に開け、御室を中へと誘うとーーー自分も陽佐衛門から燭台を受け取り、暗闇に歩を進めた。
真っ暗な空間。小窓はあろうに、一寸先すら見えないのは何故であろうか。二人が蔵を歩く度に、古ぼけた木製の床が歪に軋んだ。
「………そこを、右に曲がって」
佐吉は真っ暗のところで目が効くらしい。全く見えない御室に対して、彼は冷静な声で前をゆく彼女に指示を出した。
曲がれと言われても、何処を曲がればいいのやら。御室は手探りで壁に手のひらをつき、全く見えない中を感覚で右に曲がった。そしてーーー。
御室の浅葱色の瞳は、捉えた。真っ暗な空間で白い光を放ち、籠に入れられたまま、その体をとぐろ巻きながら雁首あげる…………あの、白い蛇を。
蔵の中で光る、二つの真っ赤な瞳。御室を睨みつけ、蛇神としての威厳をその身でもって示した、白蛇は。人を全く思って恐れていないのだろう。
「………随分大きな蛇だな」
「無礼だけは、働かないでくださいね。うちではお祀りをしているのだから」
「はいはい、分かっておる」
本当に分かっているのか、どうやら。御室は後ろ手に拘束されたまま、蛇の入った籠に近づき、自分を睨む蛇に顔を近づける。
その赤く光るつぶらな瞳からは、よもやこの蛇が一族の恨みを一身に受けているとは………想像にもし難い物だろう。
だが、御室の瞳はモノノ怪の真実と、その先にある揺るがぬ末路しか映さない。彼女が見たものは、見ているものは………間違いなどでは、ないのだ。
ーーーへぇ、蠱毒とな。おもしろい。一つやってみるか。
ーーーーおぉ……!!お前か、お前が唯一生き残った蛇か!素晴らしいーーーー
樽に詰められた数多の蛇。中がどうなっているかなど、御室は考えたくもない。そしてーーー樽の蓋は閉められ、どの位たっただろうか。
誰とも知らぬ偉そうな男が、樽の中を覗けば、あれだけ沢山いたはずの蛇はもう既に何処にもおらず、ただ一匹、樽の中にいたのは………あの、白い蛇。
他は死んだのか。それともこの白蛇が食べたのか。どちらでもいい。ただ、小さかった白蛇はもう見る影もなくまるまると太っており、赤い瞳はらんらんと輝いていた。
「………もう、宜しいですか」
じっと蛇を見つめていた彼女に、佐吉が声をかける。何を恐れ、何を隠しているのか。ーーー聞きたいのをこらえ、御室は片眉を吊り上げる。
そしてふいと白蛇から目を逸らせばーーーー白蛇も興味がないと言わんばかりに舌を出し、籠の中で再びとぐろを巻いた。