書物参
□雨が堕ちる
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冷たい風と、衣擦れの音。浅い眠りから響く音に、私は瞼を開ける。ぼんやりとした視界に、見慣れない色。……更に、視線を横に向ける。
モスグリーンのカーディガンと、畳の色。衝立の中で飛ぶ鮮やかな鶯に、私は朝一番から軽く絶望を覚えた。……やっぱり、戻ってなんていなかった。
ということは、衣擦れの音は薬売りさん、ということになる。私はなるべく音を立てないように起き上がって、髪型を整えて瞬きをした。眠りから覚めないままの瞼が、ひどく思い。
するとその気配を見かねてか、薬売りさんは衝立の向こうから青い瞳を向けてきて、あぁ、とまるで付け足したかのように言った。
「起きましたか。随分、よく寝ていたようで」
「………ごめんなさい」
「怒っちゃいませんよ。あれだけ泣いたら、疲れもする。ーーー起き抜けで申し訳ないが、着替えてもらえますかな」
その格好じゃ、目立つ。…その言葉を聞いたのは、もう二回目だ。けれど私はこの時代にある振袖なんかも持ってないし、どうすればいいかも分からない。
そう言われてもーーー。困惑したままぼうっと座って見上げていると、薬売りさんがこちら側に来る。そして、綺麗な赤色の着物を一つ、布団に置いた。
シワひとつなく畳まれた赤色の着物の上に、白くて薄い襦袢。ひらひらした薄い帯。ーーーどうしろと?薬売りさんはそれを指でこちらに押しながら、なんのけなしに言った。
「これに、着替えてください」
「これ、私の着物ですか?」
「貴方以外に誰がいるというんです。………着替えたら、呼んで下さい」
何が何やらわからぬ間に、薬売りさんはまた衝立の向こうに姿を隠す。着替えてください。………言わんとしていることは、わかる。でも、でも、だ。
着物なんて着たことがない。浴衣とかは自分で着れるけれど、あれは随分簡単なやつだから、着物になったら別だ。ーーーえぇと、まず、襦袢を着れば………朧気な記憶をたどる。
カーディガンとワンピースを脱いで、襦袢に袖を通す。それから帯紐を結んで、なんとか一枚纏ったけど、そこから先が分かるはずもなく、そのまま硬直したまま赤色の着物を見下ろした。
次は、どうするの。まさか襦袢一枚だけでほっつき歩くわけにはいかないし、それだけはごめんだ。仕方なく、私は衝立の向こうにいる彼に恐る恐る声をかけた。
「あの、薬売りさん………聞きたいことがあるんですーーー」
「何です?」
「………じ、襦袢は着たんですけど、その先がわからなくて……どう、着れば正解なんですか…?」
「ーーーーーー」
しばらくの沈黙。私が遠慮ガチにいえば、薬売りさんはそのまま黙って微動だにしなくなった。昨日散々手を煩わせた果に、このざまだ。怒られても仕方が無い。