書物

□化猫 二の幕
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「なんだそれは」



「塩もご存知ないか」





「塩くらい知ってるわ!!何の意味があるのかと聞いてるんだ!」







薬売りに小馬鹿にされ、小田島は部屋をぐるりと囲む濡れ縁で大きな怒鳴り声を上げる。よほど、腹が立ったのだろう。…彼的に。








が、薬売りはそれには返事をせずに塩の壷から塩をひとすくい、手のひらに取ると、ざあざあと音を立て、それを板間の床に線を書くように巻き始めた。







ーーー何をしているのだ。気色の悪いくらいの全くの無言に、小田島は薬売りに問う。が、勿論薬売りは何も答えず、塩を巻き始める。








ざあざあ。塩の音だけが、響く。何も答えられないのも、小田島からすれば腹が立つのだろう。何だこんなもん、と彼は足で塩をぐしゃぐしゃにしようとした。が。






「小田島。死にたくないなら踏むな」





「っ……御室様…」







ずっとそばで無言で見ていた御室がそれを遮り、鋭い浅葱色で小田島を睨む。………それはもう、小田島は冷や汗をたらたら流すくらいに。







言ったはずだ。救える命は、救いたい。薬売りの邪魔は……今は充分控えていろ。御室の厳しい言葉に、薬売りはまた、何が興味深いのやら、にやりと下を俯きながら笑って見せる。







「御室様………前も聞いたとおり、今からでは遅いのですか」






「ーーーそれも言ったはずだ。成すことは成した。が、真央様は救えなかった。……私に見えたものは、天地がひっくり返らん限り変わらない」








それから、沈黙。ただひたすら塩を巻き続けていた薬売りも、つい手を止め、話が見えないままに御室の方を見てしまう。







が、御室はそれ以上は口を閉ざしたまま、綿に染み込ませた神酒を、柱に一つずつ塗りつけ始め、無言を貫いてしまった。……これ以上の言及は、望めまい。








やはり居心地が悪い沈黙のなか、二人はひたすらに己の仕事をなし、小田島はやはり口を挟めないまま、二人の動きをただ目で追った。







「あの…何か、手伝えることは…??」






ーーーー刹那、沈黙を破るかのように、濡れ縁の外から加世が姿を現す。薬売りに、言ったのだろう。








そりゃぁ、有難い。薬売りは加世に向けては笑顔を向け、小田島には何か皮肉をいいたそうな目線をやり、小馬鹿にしたように鼻で笑った。







むっとした表情を浮かべる小田島。それを横目で無視し、薬売りはこいつを持ってくれ、と、薬箱から一人でに浮いた華奢な『なにか』を、加世の目の前に差し出す。







ーーーそれは、何だ。ーーー天秤だ。見たことがないか。薬売りと小田島は、例によって犬猿の会話を繰り広げている。が、一人でに浮いたそれに加世は夢中で、聞いてなどいない。








「指を出して」







薬売りに言われるがまま、加世は人差し指を出す。と、そこに……天秤はちょこんと身を乗ると、お辞儀をするかのように体を傾けた。








加世さんのこと、気に入ったみたいだよ。薬売りに言われ、加世はなんだか急に、その奇っ怪な天秤が、可愛く見えてきてつい微笑んだ。







「指でちょんとあげてごらん」







薬売りがいう。加世はまた、言われるがまま………指で押し返すように、それを空中に放り投げた。すると、それは。







空中をまるで泳ぐかのように浮くと、反対側に立っていた薬売りの指に降り立ち………薬売りが宙に放り投げると、畳に降り立ち、鈴を両側から垂らす。








これを、繰り返して。……加世に与えられた仕事は、どうやらこれらしい。加世は大きく頷き、中から浮いてきた天秤を、指に載せていく。
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