書物

□海坊主 二の幕
2ページ/10ページ

加世は一瞬むぅ……と頬をふくらませたが、くすくすと笑う御室の前には敵うまい。すぐに表情を戻す。








「ーーー薬売りさん、前に妖とモノノ怪は違うっていってましたよね?同じようなものじゃないんですか?だって八百万の神様も妖も同じようなものだって……」







「……現世に人がいるのと同じく、この世ならざる妖なんて遍くいるものだ」







「じ、じゃあ、人が死んだら妖になるものなんですか?」








というのもいる。ーーーー加世の言葉を遮ったのは、いつの間にいたのやら幻殀斉。加世はとことん彼が気に入らないらしく、思いっきり嫌な顔をした。








が、御室にご執心な彼が、それに気づくはずもない。幻殀斉は扇を手にしながら、いかにも鼻高そうにーーー先刻の船幽霊もその手合いだ、と自慢げに言った。








千差万別なのさ。ーーーいつでもねむたげな御室が、やはり気だるそうにいう。投げやりだが、妙に説得力ある口調だ。







「………どういう筋があったにせよ、妖の道理は人にはわからん」







「じゃあ、モノノ怪はーー?」








「モノノ怪の怪が元々なにか知っているか?」







「知らないから聞いてるんでしょ!」








どこまでも啀み合うらしい加世と幻殀斉。ーーー病のことよ。自慢げに口を開いた幻殀斉に続き、どこまでも眠たげでだるそうな御室が言葉を紡ぐ。








「………モノとは荒ぶる神のこと。須佐之男命というのがいるだろう。語源はあれだろうて、藤原の御代からはもっぱら須佐之男を指すんだよ」







「ってことは………モノノ怪は、病のように祟る?」








まぁ、そうだろうな。最も、あれは話が通じないから、神というには馬鹿らしいが。ーーーー御室の瞳が、きゅっと猫のように細められて。








それに合わせてきゅっと細まった黒い虹彩に、加世がつられてそちらに目をやればーーーいつの間にやら、そこには佐々木が突っ立っていた。








音もなく歩み寄った佐々木に、加世はぎょっとする。が、御室が愛想笑いのまま如何なさいました、と聞けば、彼の目線は退魔の剣にやられた。








「………お主のその退魔の剣なら、モノノ怪を斬れる、とな」







「ただし……モノノ怪の形、真、理がなければーーー抜けない」








しん………と静まり返る。やけに広く見える船内で、御室の目線はせわしなく甲板に向けられている。








また、何かあるのだろうか。身構える加世。が、彼女が一人身構えたところで、これはどうにもならないし、なれないだろう。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ