書物参
□堕ちた先には
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深く、落ちる。私の体が、私の物じゃないみたい。誰かに操られているように、ふわふわ、ゆらゆらと漂っている。手足に上手く力が入らない。
私は重たく閉じようとする瞼を開いて、辺りを見渡した。海のような青色のなかに、私一人が藻のように浮いている。周りには何もない。
あるのはただ果てしない青と、はるか足元で口を開ける、ぽっかりと穴が空いたみたいな、黒色。
ーーー何処?
私は確か、母を追いかけていた筈なのに。どうしてこんなところにいるの?どうして一人でいるの?私は、駅で待っていた筈なのに。
ーーーもしかしたら、死んだのかもしれない。別にいいや。この際私も居なくなれば、母だって恨まずに済むだろうし。……ううん。奇麗事言っているけど、結局私は自分が許されたいだけだ。
ーーーーごめんなさい。
どこまでも親不孝な娘は、貴方を追っていきます。そして貴方を置いていった時間を、埋めたい。だからどうか、待っていてください。私も、後少しで…………。
言葉が出ない。ひどく眠い。これが「死」っていうやつか。昔考えていたより、呆気なかった。私、天国に行くんだろうか。ううん。きっと地獄だ。
散々最低なこともしたし、人を傷つけたこともある。だから、きっと地獄だ。閻魔様に裁かれて、鏡に私が犯した所業を映される。
あぁ、いつか閻魔様の話をしてくれたのも、母だった。記憶のそちらこちらに、母が散りばめられている。私の体は、私の記憶は、母で出来ている。
そう考えれば、なんだか抱きしめられているような気がして、ゆっくり眠れそうだ。目が覚めたら、お金を出そう。地獄の沙汰も金次第、って、言うから。
そしたらお母さんに会わせてもらって、今までのこと、全部謝ろう。ごめんなさい。おかあさん、わたしはあなたからにげました、って。ゆるしてくれるかしら。わらってくれるかしら。なんだかねむたいわ。
「おかあさん………」
眠気に苛まれた頭で、母を思い描く。両腕を目いっぱいにのばす。赤ちゃんがそうしているように。私も、もう一度母に包まれたい。
この広くて不確かな、私一人の世界で、母に包まれたい。お母さん。ーーーーもう一度口を動かした、その刹那のことであった。
世界が万華鏡みたいに割れて、光が飛び散る。私の世界に、誰かの気配。差し出された白い腕は、まるで私を誘っているみたいに、何度も水を掻き分けて。
掴まって。連れていってあげる。声なき声が聞こえる。私を、どこに連れていってくれるの?ねぇ、貴方は誰?私をーーー何処から、掬いあげてくれるの?
白い腕は、私を探している。きっと、探している。私は伸ばした両腕をぼんやり見つめて、本当に掴まっていいのかを、考える。この人は、誰だろう?
私の世界に入り込んで、私を探している。ーーーこの腕が導いてくれると、いうのなら。
私はその白い腕に、両腕を絡ませた。