鉄血
□破壊の女神 5
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砂埃で見えなかった敵の姿をはっきりと確認したのは、リノが粗方倒した後だった。
けれど、その光景は自分たちが知っている血にまみれたものではない。それなのに得体の知れない何かがまとわりついてくるような、奇妙なものだった。
なぜなら足元に転がっているのそれらは、無惨に引き裂かれた人間ではなく、限りなく人に近い形をした人形だったからだ。
「相っ変わらず趣味が悪いよね。わざわざ瘴気の中に幻覚作用を引き起こす薬を混ぜるなんて。加えて人に似せた人形を操って私たちと戦わせるなんて、人格を疑うわ!こちらの精神を削りたいんだろうけどね、毎度毎度同じ手をくらえばを怒りを通り越して呆れるっつーの!!それが分かったら、さっさとお家に帰りなー!!」
真っ只中にいても勢いを失わず、毅然と立ち続けるリノはそれだけ叫ぶとまだ残っていた人形たちを一掃した。
「あー痛い。死ぬかと思った」
「状況判断が甘いよ、サトシ君。こんなにおおっぴらに結界を展開したら、当ててくださいって言ってるようなものだよ。ルイ、怪我は?瘴気の中じゃ怪我の治りも遅かったでしょ?動ける?」
「うん。ごめん足手まといに」
「よしよし、反省会は後でしようね。今は、この子たちにしっかりと説明してあげないと」
疲れたように座り込むサトシと申し訳なさそうに俯くルイにリノは厳しく、優しく声をかける。二人の息が落ち着いたのを確認すると、リノはこちらに向き直った。その瞳は先ほどまで戦っていたとは思えないほど、澄んだ光を宿していた。
「自己紹介が遅れてごめんなさい。初めまして、ここの代表兼司令塔のリノ・セラスティアです。鉄華団の皆さん、いきなりこんな戦闘に巻き込んでびっくりしたとは思いますが、こちらの話を聞いてもらえますか?あなた方を元の世界に還すためにも、状況を知っていてほしいのです」
オルガはリノを真正面から睨みつけていた。振り回されて家族を、ミカを危険な目に合わせる羽目になったのは、ここにきてしまったことが原因で。
でも、それはここに来る前でも変わらないことでもあった。仲間と共に生きる伸びるためには降ってくる火の粉を何度も振り払いながら、前に進むしかなかった。
どこに行っても自分たちは子どもで、大きな渦の中では必死にもがいても抜け出せないのかもしれない。
それでも、その渦さえも呑みこんで喰らいついていくと、仲間を大勢失ったあの日に決めた。
だから、オルガは不敵に笑った。
「・・・・ミカや他の奴らの手当てが先だ。話はその後。それでいいならな」
「もちろん」
どんな局面でも、仲間が家族がいれば、前だけを見て進める。進むしかない。ミカの目を裏切らないためにも。そして、これが、初めて言った心の叫びを受け止め、家族を助けてくれた目の前の彼らに対して通す筋でもあるのだと。
オルガの言葉に、リノは感謝するようにゆっくりと目を閉じて、微笑んだ。
「んじゃあミカちゃん、足見せて」
「うん」
「み、三日月?み、みかちゃんて」
リノが手当てをしようと三日月に近寄る。その二人のやりとりにアトラは目を白黒させている。リノが自然にミカちゃんと呼んだのが原因なのはもろ分かりなのだが、リノはもとい三日月はアトラの様子に首を傾げている。
「どうかしたの、アトラ?」
「へっ!?だ、だって三日月、その・・・」
「あーこれはだめ。ルイと一緒で瘴気の影響出てる。すぐには治らないね」
アトラと三日月の微笑ましいやり取りを無視してリノは難しい表情で声を上げる。その声に三日月はようやくリノの姿を真正面から見た。
黒髪に可愛らしい顔立ちをした少女だった。これがさっき敵を相手に啖呵を切って、雄々しく戦っていたのかと思うと更に驚きだ。それを言うならば、ルイもそうなのだが、実際に戦っているところを見たのはリノだけなので三日月にとってはリノのイメージは雄々しく頼りになる人物だった。
「あんた、そんな顔してたんだ」
「ん?ああ、ミカちゃんは見えてなかったんだっけ?私は君の目の前にずっといたんだよ」
「え?そうなの?」
「私は時の番人の中でも特殊だから。あいつ等が襲ってきた理由の大半は私を狙ったもの。君らはその場にいたから巻き添えをくったようなものなんだよ」
「・・・・あんたのせいで俺たちはここに来たってこと?」
「そういうことだね。これは過信でも慢心でも、ましてや傲慢でもない。ただの厳然たる事実。私たちにとって単なる日常だよ」
三日月の不機嫌を察したかのようにリノは淡々と述べる。その目に宿るのは、静かな炎。狙われ続ける日々が日常と化す。それは、どんな日常だというのだろうか。リノの言葉を聞いたアトラは目を見開いて言葉を失っていた。その間にもリノは応急処置をして包帯を巻く。慣れた手つきのそれに、返せる言葉は一つしかなかった。
「ありがとう」
「どういたしまして。ただ、瘴気の毒が抜けるまでは安静にしてて。毒がなくなったらちゃんと治るから」
そう言ってリノは綺麗に笑った。とても殺戮が日常になっている人の笑顔とは思えなかった。
「あれ、クーデリアは?」
「へ?そう言えば、どこに行っちゃったのかな?」
三日月以外にも怪我をした子たちの手当てを先に行い、一段落したところだった。メリビットの隣で手伝いをしていたクーデリアの姿がいつ間にかいなくなっていた。このあと、オルガやビスケットたちと共に、先の戦闘やこれからのことをリノと話し合いに行くところだったので、クーデリアを呼ぼうとしたのだ。しかし、メリビットに聞いてもどこに行ったのか分からないという。
『長い金髪の女の子の様子がおかしい』
リノがそう言ってたことを思い出した。戦闘後、三日月は足のせいもあり、クーデリアと面と向かって話をしていなかった。メリビットの補佐をしている彼女の後姿を見て、勝手に大丈夫だったと納得していただけだったと気付いた。
胸がざわざわした気がした。どうして、ざわめくのか分からず三日月は眉をしかめた。
年少組の子たちを別室に移して、タカキやアトラたちに後を任せることにした。色んなことがあって疲れたのか移った途端、眠りについてしまった。久しぶりに固いベットではなく、ふかふかのベットで眠れるからか、皆の寝顔は安らかだった。
「さっきまであんなことがあったつーのに呑気なもんだなあおい」
「まぁまぁ。折角ベット貸してもらったんだしゆっくり寝かせてあげようよ」
「俺らはまだまだ寝れそうにねーけどな」
シノ、ビスケット、ユージンが年少組の様子をみてやれやれと呟いた。彼らにとっても長い一日はまだ終わりそうにない。
「えーと、とりあえず話をするのはこれで全員かな?」
今までいた広い部屋ではなく、応接室のような場所へと連れてこられたオルガたち。
その面子を見てリノは口を開いた。リノが座っている目の前には、広い部屋と同じ円柱型の端末が置いてある。そして、話がしやすいようにとテーブルと椅子、そして紅茶とお茶菓子が置いてあった。
ここまで、アトラが作ってくれた軽い軽食しか口にしていないユージンは我先にとお菓子をほおばった。その様子に周りは半分呆れてみていた。
「おおう。なんか、すごい食べっぷりだね。お菓子よりご飯にした方が良かった?」
ユージンの食べっぷりにリノは驚いたようにそう言った。しかし、それよりもまずは話をとオルガが目線で訴えてきたので、リノは肩を竦ませた。
「分かった。話が終わったら、子どもたちも呼んでご飯にしよう。では、改めてリノです。そっちの話はサトシ君から大体聞いたよ、鉄華団の団長オルガ・イツカ?」
「・・・・・・・」
「えーと、ほら、落ち着かないからとりあえず全員座れ!団長あんたも!別に私は逃げる気もないし、約束したからには話をするというのを守るよ」
「さっきの話し方とはまるで別人だな」
「そりゃあのときは他の子たちもいたし、舐められるわけにはいかないからね。因みにこっちのが素。こちとらまだまだ子供ですから」
「あんたが子どもっていうのは、なんか違和感あるね」
「その言葉そっくりそのまま返すよ、ミカちゃん」
「つかそのミカちゃんってなんだよ、三日月!なんでそんな親密そうな関係になってるわけ!?」
「うるせーぞシノ!んなことどーでもいいじゃねーか!それともこんなガキに興味あるっつーのかよ」
「ああ、もう。シノもユージンも落ち着いて。論点がずれてる」
「だってよおおお!戦いばっかりでいいことねーじゃんか!やっぱここは綺麗なねーちゃんに傷をいやしてもらわねーとな」
「ふっ俺はシノみたいに女なら誰でもいーってわけじゃんねー。たった一人でも俺を待っててくれる女がいればな!」
「んだと、ユージン!」
「やるかああ!?」
「二人とも!!話になんないでしょ!!」
「・・・元気だねー君たち。てか何で喧嘩になったの?」
リノはユージンたちの騒ぎを見ながら苦笑したような呆れたような声でそういった。そんな中三日月は我関せずと火星ヤシを食べ続けていた。いつも通りのばか騒ぎにビスケットは肩を竦ませ、オルガは口の端をあげて笑うのだった。
「まずは、さっきの奴らについて教えてもらおうか」
仕切り直す様にオルガがそう言えば、騒いでいた面子も静かになり、リノの言葉を待つ。騒ぎを傍観していたリノは手に持っていたジュースを置くと話し始めた。
「あれは私たち時の番人の敵。奴らを指す通称というのは特にないけど、私たちは狂科学者〈マッドサイエンティスト〉って呼んでる」
「狂科学者?」
「そう。あいつらが何故時の番人を襲うのか。その理由は探求心にあるの。ただ、精霊たちと心を通わせられる時の番人のメカニズムを解明したい、それだけ。特に私には色んな精霊の加護があるから、是が非でも被検体に欲しいんだ。ミカちゃんには少し話したけど、君たちの宇宙船はあいつらが張った網に引っ掛かり、私たちが出なきゃい行けない状況を作ったんだ。これもよくあることなんだ。私たちは世界の均衡を乱すようなことはできないし、君たちのような”迷子”を放置しておくこともできない。そこで疲弊した私を捉えたいんだろうね。ほんと反吐がでる」
リノは吐き捨てるようにいう。それが日常となってしまうほどの状況だからこそだとは思うが、すさんだ空気を出すリノは若干怖い。リノはころころと表情が変わるので見ていて面白いと三日月は思った。
「あんたが狙われていることと俺たちがそれに巻き込まれたのは分かった。ここにいて、俺たちができることはないんだな?」
「呑みこみが早くて助かるよ。そう、君たちはこの世界の人々じゃないから下手なことをすれば、世界からはじき出されてしまう」
「はじき出されるとどうなるんですか?」
「死ぬよ。体がバラバラになって、潰されて、ぐしょぐしょに、」
「・・・・それ以上はいらねえ。うげ、気持ち悪くなってきた」
頬張っていた菓子を吐き出しそうになりながらユージンは言った。想像しなければいいのにとリノは悪びれもなく思う。
「そういうわけだから、申し訳ないけどここで大人しくしていてもらわないといけない。その間の生活は全てこちらで面倒みるから」
「え、いいんですか?」
「お金をもらってもしょうがないし。窮屈だとは思うけどそこは呑みこんでね。それで次の話。君たちを元の世界に還すことについて話そうか。簡単に言えば、君たちが通ってきたトンネルをこっちで無理やり作って還すんだ。もちろん、君たちだけだと道から外れたら歪みの狭間に潰されてしまうから、道標としてサトシ君あたりを船に乗せないといけないけどね」
「そしたら今度はそいつがここに帰れなくなるんじゃ」
「時の番人にしか通れないトンネルもあるんだよ。だからサトシ君に関しては心配いらないよ」
「ならいいが。それはいつになるんだ?あのルイって子は早ければ3日といっていたが」
「周期的にみるとそうなんだけど、あいつ等が余計なことしなければってとこかな。後は時の番人の人数次第。人員が確保できれば、すぐにでも還せる」
「マジで!?いつその人員は確保できるんだよ!」
「今は無理。あっちにも任せてる仕事があるんだ」
「・・・分かった。そこはあんたらに任せる」
「ありがとう。なるべく早く元の世界に還せるように手は尽くす、から・・・・」
「お、おい・・・!」
リノはそこまで言うと、糸が切れたようにゴオンという音とともに勢いよく頭を机に打ち付けていた。その様子にオルガが恐る恐る声をかければ、規則正しい呼吸が聞こえてきた。
「え?マジで?」
「・・・・寝ていますね」
「無防備すぎんだろ!」
すやすやとリノは眠っていた。どうするべきか迷っていると、ドアが開きサトシが中に入ってきた。
「どうしたのってあーやっぱり限界きてたね」
「限界ってどういうことだ?」
「俺とルイよりも疲労が激しかったからね。怪我とかよりも精神的な問題で。後はよく寝るしかない」
そう言ってサトシは慣れた手つきでリノをお姫様だっこをするのだった。ぴしりと空気が固まったような音がした。その空気を物ともせずサトシは首をかしげるのだった。
「しばらく、敵が来ないように結界の補強しておいたから安心して寝ていーよ。おなかすいたらこれで連絡してくれればいいよ」
そういって謎の端末をサトシは渡してきた。受け取ったビスケットに使い方を教えて、今日は解散となった。はずだった。
「そう言えば、さっきから様子が変だった金髪の子。え、とクーデリアだっけ?の姿が見えないんだけど、誰か知らない?」
そんな感じで去り際に爆弾を落とされた。