嗄れぬ唄(仮)

□第一話 
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第1話


 天竺へと向かうその道中の出来事だった。
舗装されていない土の道を土煙を上げて鉄の塊が走って行く。

「悟浄!!席変われよっ!お前が前に居ると煙たくてしょーがねーだろっ!!」

 元気よく文句を垂れる少年の声が聞こえる。まだあどけなさが残るその少し高い声には、ありありと不満が滲んでいた。

「ああ悪ィな。後ろにお子様乗ってんの忘れてたぜ」

 次に聞こえたのは茶目っ気たっぷりに少年に応える青年の声。どう聞いても少年をからかって楽しんでいるとしか思えない。しかしその低音に加えて色気漂う声は、聞く人を虜にしてしまいそうな程だ。

「んだとっ!?」

「…いい加減にしろよ貴様ら。なんなら降りて走るか?」

 少年の憤慨した声の後に続くように、怒りを抑えた苛立ちの混じった声が聞こえた。楽しげな空気が一転、まるで今にも何かが噴火しそうである。

「まーまーもうすぐ町が見えくてるハズです。久々に屋根のある所で眠れそうですねェ」

 一瞬で下がった空気を物ともせずあははーと空気を読まない穏やかな声が響いた。しかしそれはどことなく何か含みのあるようにも聞こえる。
 そんなやりとりを続けている最中、がくんと車体が揺れた。随分荒っぽい運転に

「あぶねーな!」
「八戒!ちょ、おれ落ちそーなんだけど!!」

 と少年と青年の不満の叫び声が辺りに響く。八戒と呼ばれた青年はそんな叫び声すらどこ吹く風とばかりにさらりと流して、

「いい天気ですね〜」

 などと笑っている。

 そして、

「おい、落ちねェように捕まっとけ」

「そーそー。なんなら俺の腕の中でも構わねーぜ?」

「そのくそ河童、踏んで落として構わんぞ」

「うっせーぞ生臭坊主!」

「だあああああああこんな狭い所で暴れんじゃねーよ!エロ河童!」

「今日も後ろは賑やかですねー振り落とされないように気をつけてくださいね悟浄」

「なんで俺が落ちる前提なんだよ、八戒!」

 わいわいともう一人の搭乗者に声をかけつつジープに乗ったおかしな5人は西へ進む。

 空を見上げればそれはもう晴れ晴れとした曇りなき蒼が広がっている。

 共に行くこの旅の果てにある
 桃源郷の平和と
 己が求める物の為にも。

 彼らはただ走り続ける。






[茄陳の町]


 町の入口で宿屋を探していると絡まれている少女が見えた。幼い顔立ちではあるがとても可愛らしい少女だった。ニヤニヤと少女に絡む卑しい男たちを遠巻きに見る人々。複数人を相手にするのは勇気がいるからだろう。

 と、そこへ。長い足がにゅっと伸びるのが見えた。

 途端に大騒ぎへと発展したのは言うまでもないだろう。

 大通りで悟浄と悟空が大立ち回りを始めたのをジープに乗った三蔵と八戒が呆れた顔で見ていた。苛立ち気味に三蔵が「目立つな!」と叫ぶが、ジープに乗っている時点で目立つなと言うのも無理な話である。

 周りは奇妙な5人組を遠巻きにしながらひそひそと見つめるのだった。




 助けた少女は宿屋の娘だった。その少女の案内で今晩の宿をそこにすることにした。そして悟空の腹の音とともに食事と相成ったのだが。

「イジ汚ーぞ猿!草でも食ってな!!」

「言いやがったなC級エロ河童!!」

「ンだとコラ!クソチビ猿!!」

「静かに食え静かに!!!」

「すみませーん。お茶おかわり」

 騒がしい面々に少女=朋茗は困惑していた。店主は娘を助けてくれた礼だと始終にこやかな様子だった。それもあり、朋茗も次第に落ち着いていったのか、はたまたあまりに自由な彼らに呆れたのか、最後には笑顔を見せていた。

 しかし、その表情に一瞬の陰りが見えた。
 その理由はすぐに分かった。
 この町にも妖怪の異変は表れていたからだった。

 宿屋の主人と話をしながら眉間に皺を寄せる三蔵。

(三仏神の言う通り…この「異変」はすでに桃源郷全土に渡るのか。凶暴化した妖怪は人間に恐怖を植え付けバランスの崩壊に拍車をかける…悪循環だな…)

 そんな話の矢先だった。朋茗が突然声を上げた。

 全身から嫌悪感と憤りを露わにする朋茗を見て宿屋の主人が申し訳なさそうに語った。
 朋茗は友達を自我の失った妖怪に殺されてしまったそうだった。

 痛ましい出来事に朋茗は怯えているのだ。

 また大事なものを失くすかもしれない恐怖はいつまでも身に纏わりつく。この旅の目的が達成されても忌まわしい記憶として焼き付いて離れないかもしれない。

 けれど、そのトラウマを癒してあげるのは自分自身にしか出来ないことでもある。少し気落ちした様子の悟空の頭をポンポンと撫でるのだった。



 食事を終えて部屋に戻る。悟浄と悟空がじゃれついて悪態をつき始めた頃のこと。外が騒がしくなった。

「ああ、先刻団体客の予約があったって。旅の一座だとよ」

 悟浄の説明を聞きつつ外をみやる。その中に混じるある種の独特な気配。今日もまたゆっくりは寝れそうにないのかもしれない。視線を感じて振り返れば同じことを察したのか三蔵が面倒くさそうな顔で外を見ていた。

「…で今夜どーすんの?団体客が入ったから個室余ってるって朋茗がいってたぜ」

 悟空の一言に全員の視線が三蔵に向いた。こーゆーときの決定権は大体三蔵にあると本能的に分かっているからだろう。

「俺たちはいつ何時妖怪の不意打ちを食らうか分からん。なるべく寝食共にするのが得策だな−と言いたいところだが、」

 一拍置いて全員を見回しながら三蔵は言い放った。

「宿屋に来てまで野郎の寝顔は見たくない。解散!!」

 デスヨネーとでも言いたげな悟浄と遊び疲れて眠そうな悟空。

「いやあ皆さん自分に正直ですね」

 何故か楽しそうな八戒。
 四者四様とはよく言ったものだと声に出さず笑う。最近は頬の筋肉が固まってしまったかのように貼りついた笑みが消えないのだけれども。

「おい。行くぞ」

「おんや〜一緒のお部屋ですかぁー?三ちゃんもムッツリ…っておい!!」

 悟浄の揶揄が聞こえた次の瞬間、ばきゅんばきゅんという音と共に壁に弾痕が出来ていた。その隣には頬を引くつかせた悟浄が立っている。ああ、また始まったようだ。そう思って困ったように笑う。

「っすんだよエロ坊主がっ!!」

「貴様と一緒にするなクソ河童が。殺すぞ」

 一触即発とはまさにこのこと。いつものことだと思ってぼんやりそのやりとりを見ていると隣に居た悟空が立ったまま寝始めてしまった。仕方ないのでその二人をそのままに先に悟空を部屋に送ることにした。

「二人ともそこで争われると僕が眠れないのですが。というか、すでにここに憧歌さんはいませんが」

「ああっ!?…マジだ。はーっ全く憧歌ちゃんには敵わねぇな〜なぁ三蔵?」

「ちっ。無駄な時間を食った。俺は寝る」

「素直じゃないんですから…」

「ま、三蔵の場合、今に限った事じゃねぇわな」

 去った後にこんな会話が交わされていたなど露知らず。部屋で少ない睡眠をとるのだった。



 夜も更けた頃。それは静かに動き始めた。部屋に自分以外の気配を感じて一気に覚醒した。起きあがるとほぼ同時に、近づいてきた気配に向けて服に忍ばせていた曲刀を横に振る。

「ぐはっ!!」

 暗闇の中で血飛沫が狭い部屋に舞い、濃い妖気とともに血の匂いが充満した。暗い中でも異彩な色を放つそれは。ずっとこの手を濡らしてきたものでもある。

 最初は生温かい感触で次第に冷たくなっていく。今更それをもう汚れたとも思わなくなった。慣れることはないと思っていたのにいつの間にか慣れてしまったのだろうか。

「うわあああああ!」
「がはっ!」

 ドカンッ!

 各部屋から聞こえる悲鳴や物音で我に帰る。
 行かなくては。
 刃についた血を軽く拭き取ると部屋を後にして離れの個室へと向かった。




 一方その頃。
 三蔵は蜘蛛女によって捕らわれていた。

(迂闊だった…恐らく憧歌を捕えようとして失敗したのだろう。代わりに朋茗を人質として利用するとは…ちっ)

 他の部屋にも刺客が送られているはず。異変に気付いたならここまで来るだろう。思わず舌打ちをすると下っ端妖怪が殴りかかってきた。

「その辺でやめておき。あら近くで見れば綺麗な顔してるじゃない。美味しそうだわ、ボウヤ」

「近くで見るとシワまみれだなクソババア」

 反吐が出る。どうしていわくだらけの迷信を信じると言うのか。そんなことの為に食われてやる義理はない。キレた蜘蛛女に床に叩きつけられた瞬間、体に絡まっていた糸がばさりと切れた。

 すかさず距離を取り部屋の入口を見やれば、無表情で両手に曲がった二つの刀を携えた憧歌が立っていた。
 今となっては表面上に笑顔を絶やさないが、昔は常に無表情だった。
 今目の前にある表情も見慣れたものだ。

「なっ!私の糸が…!この娘一体何者だ…!!っ!」

 怒髪天を超えた蜘蛛女の息を飲む音が聞こえた。その視線の先は見ずとも分かる。

 長い藍色の髪を持ち整った顔立ち。
 そこに見え隠れする殺気と静かな怒りを湛えた、呑まれそうな程美しい深緑の瞳。

 妖怪でさえ目を逸らせない。
 抗えない異質な迫力を放つ、憧歌という名の女がそこにいた。
 人間相手に呑まれたことに気付いたのだろう。蜘蛛女は一拍置いて我に帰ると悔しそうに憧歌をきつく睨みつけている。

「おや。少し遅かったですかね?」

「なんか男前になってんじゃん?三蔵様♪」

「うるせぇな殺すぞ」

 両者が睨みあいをしているうちに他の奴らも集合してきた。
 ったく。このままやられっぱなしになるわけにはいかねぇな。


 八戒が朋茗を取り返し憧歌に預けるのを横目で確認すると、雑魚どもを蹴散らしにかかった。


 が、雑魚どもを蹴散らしている間に蜘蛛女が変化をし、憧歌と朋茗を狙った。

「おのれ…人間ふぜいが…!!」

「「憧歌!」」

 悟空と悟浄が振り向いたが遅い。あっという間に二人は糸に絡めとられた。舌打ちしたくなる衝動をなんとか抑えて己の小銃を探す。

「きゃあああああああああああああ!」

 気絶していた朋茗が妖怪を見て悲鳴を上げた瞬間だった。妖怪の隙をつくように憧歌の刃が蜘蛛女目がけて飛んで行った。

「ぎぃやああああああああ!」

 投げた刃が蜘蛛女の足を綺麗に切断して壁に刺さった。その一拍後に妖怪の絶叫が響き渡る。横目で憧歌たちを確認すればもう一つの刃で糸を切り裂いて部屋の入口に移動しようとしていた。相変わらずどんな反射神経をしているのか。たまに人間であることを忘れそうになる。

 さて、今しかないか。移動したのを見計らい八戒に要件を告げる。

「八戒は憧歌たちを頼む。悟空と悟浄は少し時間を稼げ。俺が奴の動きを封じる」

「―っしゃ!こっちだ蜘蛛女!」

 真夜中だというのに元気よく悟空が蜘蛛女に向かって如意棒を振り下ろす。

 その間に真言を唱え始める。
 憧歌にばかりやらせるわけにはいかない。
 あの時そう約束した。
 経文を取り返すまで−


 −お互いを利用すると。



『魔戒天浄!』




 全てが終わるころには夜が明けていた。やはり眠れなかったなとぼんやり考えていると、三蔵が傍に寄ってきた。正確に言えばこちらはすでにジープの後ろに乗っていたので三蔵自身は自分の席についただけである。

「刃は回収したのか?」

 短い問いかけにコクリと頷けばそれ以上何も言わず席に座った。他に何か言うことはないものかと少し肩をすくめた。

「ふん。今更だろう」

 しかし、どうやら聞こえてしまっていたようだった。三蔵にだけ届くこの声は時に己の意思とは関係なく響いてしまう。

 それでも届くことに意味があるのだとしたら。

 あの日出会えたことが偶然でないのだとしたら。

 私は、神に感謝しなければならない。

 彼らに会わせてくれてありがとうと。


 きっと後にも先にも友と呼べる人物は彼ら以外に出来そうもないのだから。



 いつか伝えられる日が来るのだろうか。
 己の声で感謝の言葉を。

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