鉄血夢 表ver
□血濡れの少女 2
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第2話 火星
ここにきて三日が経った。
本当にこの組織は、腐っている。
どこも同じだと思っていたが、その予想を遥かに凌ぐ体たらくぶりだ。
相も変わらず賄賂とは、芸がないと思わないのだろうか。
まぁ、そんなことは自分に関係がない。例え上官である輩が、物凄くうざったいとしてもだ。
「貴様はまた、浮かない顔をしているな」
「・・・・クランク二尉。そうでしょうか。多分二尉の気のせいだと思いますが」
この上官は子供好きらしい。見た目が子供にしか見えない私は、上官の何かを刺激するらしい。全くもって不愉快である。
いちいち構われていたのでは、仕事にならない。
嫌そうな顔を隠しもせずにいれば、反対方向から敵意の視線を感じる。
またあいつか。そんなに構ってほしいなら、さっさと持っていけばいい。
うざったくてかなわない。
こんな場所に居続けなければならない現状に、怒りが沸き上がる。
ああ、まだ駄目だ。怒りに身を任せてはいけない。
どれ程腐った現状が目の前に差し迫っていても、不敵に笑うくらいのつもりでなければならない。
今はまだ、自由になれないのだから。
出撃命令が出た。
この夜半過ぎにだ。
腐った温床には、録なのがいないな。
たかが、民間企業に奇襲とは。
私には出撃が許可されていないのだから、関係ない。
どうせ、暫くはここにいなければならないのだ。
さっさと終わってはくれないものか。
五月蝿くて仕方ない。
そんな風に思っていたら、どうやら相手は一筋縄ではいかなかったらしい。
コーラルの奴が、頭を壁にぶつけて叫んでいる。
あれは面白い。
なんで壁に頭をぶつける必要があるのか。
これにはただ笑うしかない。
ざまあ。
さて、笑ってばかりも入られないな。
状況が変わった。
物見遊山気分でられるのもここまでと言うことか。
私のものを奪い返すために、この混乱に乗じるか。
ふうん、あのおっさんを使ってみるかな。
「クランク二尉。何処にいかれるのですか?」
「貴様か・・・子供には関係のないことだ」
「そうですか。私には上官指令が出ているのですが、それでも関係ありませんか?」
「どういうことだ!」
「殉死されたオーリス隊長からです。何か不測の事態が起きた場合、クランク二尉のもとにつけ、と」
「・・・オーリスめ、そんなことを・・・・」
「クランク二尉。ご命令を」
「・・・相手は子供だ。子供同士を戦わせるわけにはいかん。ここで、待機していろ」
「それでは、機体の整備に加わってきます」
「いいだろう」
全くここまで扱いやすいとは。
上がってしまいそうな口の端を意識して止める。
端から見れば出撃の許可が貰えず不貞腐れた無愛想な自分が写っているだろう。
あいつのように。
たったこれだけの表情で騙されるとは、本当に救いようのない奴等だ。
さて、上官の言質はとった。
行動に移すとしようかな。
わざわざ他の奴等が見ている前でこんなやりとりをしたのだ、触らせない訳には行かないだろう。
おっさんもまだここにいるし。
我が物顔で自分の機体の前に立つ。
短い間離れていたとはいえ、やはりここにいるのが落ち着く。
いつもの定位置に座って目を瞑る。
そうだね。
行こう、一緒に。
私たちの居場所に。
ああ、その前にやることがあった。
そろそろギャラルホルン地球支部の査察が到着する頃だ。
いつも以上に慌ただしい。
あれはきっと、あの部屋にあるだろう。
それが終われば、漸く君の出番だ。
「頼りにしているよ、レヴィ」
***** *****
おっさんが出撃していったのを見計らって、ついでに私も外にでると伝えれば、その場にいた整備班たちが一様に驚いた表情になった。
まぁここで、整備しながら待機してろって話をしてたんだから当然の反応か。面倒になったので、おっさんが心配だからと言い募れば渋々だったが外に出してくれた。ふむ、相変わらずざるな警備だ。
私の肩書きのせいもあるんだろうけど。
され、それじゃあ準備はできた。
行きますかね、火星へ。
レヴィに乗り、火星へと下りる。
そう言えば、地球以外の惑星へ降りるのって初めてだな。地球よりも少し白い空を見上げてほうと息をつく。
地球に比べて一回り以上に小さい火星。
その地上から空を見上げることになるとは、どうも感慨深いものがある。
地球が水の惑星だとしたら、火星は岩石の惑星とでも呼べるのかもしれない。
酸化鉄が地表のほとんどを埋め尽くしているが、その面積は地球の陸地の面積とほぼ変わらない。
それ以外の全てが水で覆われている地球の空は澄んだ青色をしている。
反射する色が地表しかないのであれば、白っぽく見えるのも頷ける。
そういえば、雲も地球とは大分質量が違うっぽい。
構成する成分が異なっているのかもしれない。
海が存在しない火星には空気中に含まれる水素が足りない、ということか。
時間があったら調べてみたいな。
地上に降りれたことが嬉しくて、パイロット席から飛び出し外にでる。
レヴィの肩口といういつもの定位置に座って、火星の空気や風を体全体で感じる。やはり地球よりも水が足りないのか、乾いたような風が吹く。
けれど、海がない分暑さを緩和する物がないのだろう。
蒸し暑いとまではいかないが、温かいものだった。
ああ、どうしてこうも胸が高鳴るのだろうか。
今が楽しくて楽しくて仕方がない。
こうやって自然を見て触れることで、肌で、頭で、全てで感じる。
たったそれだけでも、いつも見ている夢とは違う景色と感覚に胸が躍らずにはいられない。
それがどれ程尊くて愛しいことなのか。
ほとんどの人々がそう感じることなどないのかもしれない。
今はもう受け継がれることがなくなった、この声に。
きっと気付くことはないのだ。
ビービービー。
うっとりと佇んでいたら、レヴィが窘めるように訴えてきた。
意識を戻して中のレーダーを見れば、エイハブ・ウェーブの反応をキャッチした音だった。
あ、うっかり失念してたけど、私一応おっさんの後を追ってきたんだった。
仕方ない、向かうとするか。
レヴィの肩に乗ったまま遠隔操作をしつつ、反応のあった場所へと向かう。
ああ、やっぱり外は、地上は気持ちがいい。
勝手に上がる口の端をそのままに、ひたすら風を感じていた。
すでに戦闘が終わったあとだった。太陽もあと少しで隠れてしまう。
元々雲が少ない火星では、地表の岩石の色に反映されるのか、空に浮かびあがる夕焼けは燃えるように赤い。
もう少し経てば、その燃えるような色も一瞬でなくなり藍色の空へと塗り替えられる。
この状態をなんというんだったか。
確か−
「黄昏時、か」
それは確か、逢魔が時とも呼ばれる時間帯。
この世でもあの世でもない、全ての境界が曖昧になる時間。
この曖昧な世界で、目の前にいることの意味が分からないはずかない。
「・・・負けたんだ、あんた」
薄く儚くその姿を保つおっさんに、恐らくもう届かないであろう言葉をかける。
こちらからあちらを認識できてもあちらから認識する事は叶わない。
普通の人なら見ることもできないのだから当然と言えば、当然かもしれない。
おっさんは負けたのだ。
元より勝つ気などなかったのだろう。
よく分からんおっさんだった。
地上に降りてきた時の興奮と比べれば、目の前のおっさんがこれからどうしようが何の感慨もわかない。
なぜなら、死ねば全てが平等に扱われるから。
そして、私は死んだ者たちには慣れている。
まっすぐにおっさんを見れば、満足はしていないがそれでも安らかな笑顔をしていた。
なら、私がかけられる言葉はこれだけ。
「お疲れ様」
ただ一言おっさんに向けて言った。
バイバイ、あんた暑苦しいからもう一度会うのは遠慮したいな。
日が落ちる。
夜の帳が地上を覆う。
目を閉じてもう一度開ける。
そこにはもう、藍色に染まった空が見える。
この光景は地上でしかみることが叶わない。
何よりも美しく、そして幻想的なこの景色を目に焼き付けるように。
「綺麗だ。こんなにも暗くて怖くて押しつぶされそうな空なのに。だから、なのかな」
涙が溢れてしまうのは。
胸が締め付けられるような、この感情は。
一体何処から湧き出てくるというのか。
「・・・なんてね。行こうか、レヴィ。私たちの目的を果たすために」
そうつぶやいた声は、目の前に現れたMSによってかき消された。
藍色の空をバックにしたその白い機体は、まるで。
「・・・闇から這い出た、白い悪魔のようだね」
ぽつりと零した言葉を聞いていたのはきっとレヴィだけ。
そしてそれが、私の日常だ。