鉄血夢 表ver

□血濡れの少女 9
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第9話 慟哭

一人だった。

けど、本当の意味で一人ではなかったんだ。

地球で皆と一緒にいた時は。

「私、の声を、聞いてくれるのは、いつだって人じゃなかった!私は、私が、おかしい、から・・・そう言って人は私を拒絶して行ったんだ!お前らだって、そうだ・・・そうじゃなきゃ、一人じゃなきゃ、私は・・・生きていけない!!」

ぐしゃぐしゃになりながら泣きわめくリノを、三日月は困惑したように見ていた。
どうしてこうなったんだろう。
ただ、話を聞くといっただけなのに。
そんなにおかしなことを言ったのだろうか。
そして、何故か誰も助けてくれない。
恨みがましい顔でオルガ達を見れば、ふわりと空気が動いた。

「どうして、生きていけないのですか・・・?」

労わるような優しい声だった。
いつの間にか近くにきていたクーデリアが小さい子をあやす様な声でいった。
けれどもリノは変わらず喚き続ける。

「だ、て、だって、私は皆と、一緒にい、いたい、だけ、なのに・・・一人じゃなきゃ、いてくれない!私が、一人だから、皆、助けてくれる・・・でも!人だから、私が『人間』だから!!」

「!」

何を当たり前のことを言ってるんだろう。
泣きわめき続けるリノを見て思ったのがそれだった。
やっぱりリノはよく分からない。
言いたいこともそうだけど、話が噛みあわない気がする。
本気で面倒になってきた三日月だったが、手を離すわけにもいかない。

「・・・リノがいう『皆』とは、昔のお話に出てくる、精霊たちのこと、ですか?」

「!?」

クーデリアの言葉にリノは、驚いたように目を見開いた。
溢れていた涙が、これでもかというほど滴り落ちる。
クーデリアはどこか懐かしむように静かな眼差しで見つめ、言葉を続ける。

「昔、お母様から教えていただきました。お母様は花を育てるのが好きで、その度に花には可愛い妖精がいるのだと。最初はお伽話のことを指しているのだなと思っていたのです。けれど、一度だけ、真夜中に寝付けなくて、庭園にふらりと立ち寄った時でした。真っ暗なはずの庭園が、月に照らされて不思議な色を灯していました。姿を見たわけではないのですが・・・それでも、あの時の光景は忘れられません。きっと夜は花たちと戯れる時間だったのでしょうね」

そのときのことを思い出す様に言葉一つ一つをゆっくりと話す。
一緒に遊ぶことができなくて残念だったと照れながら笑う。

へえ、こんな顔もできるんだ。
自分だけが見ることができる位置で三日月は目を丸くしながら思った。

「また、何処かで会えるのではないかと夢にまでみていたときもありました。妖精さんたちのことも知りたくて、色んな本も読みました。風の悪魔ルドラというのも聞いたことがあります。・・・・リノは地球にいたのですね」

クーデリアの独白を黙って聞いていたリノだったが、クーデリアから地球のことについてふられるとたどたどしくも口を開き始めた。

「う、ん・・・一人、だった・・・ずっと!・・・・家族は、私を、に、逃がすために、・・・あい、あいつらに・・・!!」

「・・・・ギャラルホルンに、捕まったのですね。先ほどの話に出てきた他の方々は、家族の方だったんですね」

「う、ひっく・・・ひっく・・・けど、皆、いてくれて、寂しく、なかった、の・・・でも、私も、見つかっちゃった・・・折角、にが、してもらったのに!」

足が限界なのだろう。
リノは泣きながらずるずるとその場に座り込んでしまった。
これならもう勝手な行動はしないだろうと三日月はようやくリノの腕を離す。
自由になった腕に構うことなくただ泣き続けるリノをクーデリアは抱きよせる。

「ずっと、ずっと、我慢してきたんですね・・・一人でずっと・・・・私は、その皆さんに会ったことはありませんが、きっとリノが一人で泣くことがないようにしたかったんだと思います。だから、自分たちだけでなくて、抱きしめてもらえる人を、大切な人を・・・リノに見つけてほしいのですよ」

「う、うあ、うわああああああああああああああ」

クーデリアに縋りつくように泣きじゃくるリノに三日月はもちろんオルガたちも遠巻きに見守ることしかできなかった。




*****     *****




しばらくすると、泣きやんだのか声が聞こえなくなった。
静かだったので眠ってしまったのかと思えば、何やら外へ行きたいと言っているようだった。

「はぁ?あんだけ泣いた後に、今度は外へ連れてけだぁ?」

「・・・・呼んでる声がする。今行かないと、多分明日にはいなくなる」

ぶすっとした声で告げるリノは泣きはらした目で外を見続ける。
散々泣いて少し気分がすっきりしたのだろう。口調が戻ってきつつあった。

とはいえ、何に呼ばれているか分からないので、通訳と化したクーデリアを見る。
クーデリアも心得たとばかりに話を掻い摘んで教えてくれた。

「リノは、少年の姿を見たと言ってます。・・・・恐らく、先日のギャラルホルンとの戦闘の際に亡くなった、少年のことだと思います・・・」

「!」

「・・・死んだ奴の声が、聞こえるのか?」

こくんと首だけを動かして頷いた。
クーデリアとの話は聞こえていたが、妖精などとファンタジーなことを言っていた。
冗談だと思っていたが、二人とも本気だ。
それに巻き込まれた三日月を不憫に思うが、遠くから見てるだけでもいたたまれない。
助け舟を出せるわけがなかった。

先日のギャラルホルンの襲撃と言えば、多くの仲間たちを失ったあのときのことだ。
確かその時はまだあちらにいたのだから知っていてもおかしくないが、何故今になってそんなことを。

「・・・呼んでるのは、私だけじゃない。あんたらも一緒にって言ってる」

ぶっきらぼうにそういうリノはただ外を見る。
何かを逃さないように必死に見つめていた。

「・・・どうする、オルガ?」

今日何度この台詞を聞いたのだろう。
リノが来てから振り回されっぱなしではある。
だが、それはリノも一緒で、俺たちとそう変わらない日常を過ごしてきたのだろう。

理解もされず、物のように扱われ、ただひたすら胸の内に留めてきた言葉を、今日の戦闘で苛烈なまでに爆発させた。

相手はリノを狙っていたが、リノが来なくてもクーデリアがここにいたのだ。
いつギャラルホルンが仕掛けてきたっておかしくない状況だった。
そう、何も変わりはしない。今日リノがいなくて戦闘が起きなくても、それはいつか起きる。

その時に、今のリノのように仲間を守れる力がなければ、きっとそこで終わってしまうのだろう。

リノに目を向ける。
誰も信じられないような日常を過ごしてきたリノは、それでも誰かを信じたがっていた。

クーデリアを守るといった時が、まさにそうだったのだろう。
一人でいることに慣れ過ぎて、話を聞いてもらえないことが日常で。

話を聞くことはできる。
けれど、すぐに信じることは難しい。
死んだ奴の声が聞こえることも、超常現象を引き起こすことができることも。
後者は確かにこの目でそれを見た。
それでも、それを信じるには、どうしてもまだリノのことを知らなさすぎる。

いや、分からなくてもいいのかもしれない。

どんな生い立ちも関係ない。

これから、俺たちは鉄華団という仲間としてやっていくのだから。

歩み寄る必要がある。

リノも俺たちも。

「しょーがねーな。仲間の頼みだ。聞いてやる」

「!」

「ミカ、運んでやってくれ。動けないみたいだからな」

「了解」

一緒に行くと言ったら背中がぴくりと動いた。
さっきあれだけ暴言を吐いていたから、素直に行くと言うと思わなかったのだろう。
運ぼうとして目の前に立つと、顔を背けながらも小さく震えていた。

リノの様子に三日月はやれやれと溜息をつくのだった。

リノが案内した場所は、ちょうどギャラルホルンのMSとやり合った所だった。
こんな所に何があるのかと、ユージンたちが文句を言っている。
その声を聞き流してリノはある一点を指さす。

「あそこで、下ろして」

言われた場所にリノを下ろせば、細い腕で固い土を掘ろうとする。
しばらく、リノの行動に呆気に取られていると、何かを見つけたかのように動きを止めた。

壊れないようにそっと両手でそれを掴んでこちらに見せるように手を上に上げる。

固い土を素手で掘ったせいか、リノの手は血まみれだった。
だが、次の瞬間、手の中にあるものを見て戦慄した。

「それが何か・・・・っ!」

それは、人の手だった。
まだ幼く小さい手は、恐らく年少組のもの。
明りを近づけたシノがぼそりと言った。

「ダンジ・・?ダンジ、なのか・・・・?」

「・・・・本人はそう言ってる。無茶して、ごめん。ありがとうって」

「おま、おまえ・・・っ!こんな、とこに埋もれてやがったのかよ・・・・!」

あれだけ探しても見つからなったダンジの遺体の一部を見つけ、シノはその場で泣き崩れた。

その様子をリノは目を閉じて見下ろしていた。

死者の声が聞こえる。

リノが俺たちに伝えたかったのは、聞いてほしかった話はこのことだったのだろう。

実際にこれを見るまでは、信じることなど出来そうになかった。

別れた仲間とは死んだら会える。

その為に生きることを頑張る。

それは、約束のような誓いで。

生き抜く為の、決意そのものだった。

『化け物が!』

襲ってきたMSの一人がそう言っていた。
リノの特異体質を知っていたのだろう。確かに不気味ではある。

さっきのようにいきなり宙を見て話し始めたりとか。
死者の声が聞こえないからこそ。
俺たちは生きていこうと、前を向こうとする。だが、リノの場合はどうだ。
死してなお目の前にいる存在を、逸らさずに見続けることは。

もしかしたら、彼女の見ている光景は地獄なのかもしれない。

「なぁ、まだそこに、いるのか?」

ユージンが掠れた声で聞く。
それにリノは首を横に振る。

「もう、いない。前に進む、君たちの未来を願ってた」

ぽつりとそうつぶやくリノの言葉は、小さかったがここにいる全員に届いた。

どれほどの血が流れようとも、もう留まる事はできない。
前に進み続けることでしか、自分たちの未来を切り開けないのだから。



その場で黙祷し、食堂に戻る。
しかし、色々あり過ぎて疲れてしまったのか、リノは三日月の背で眠っていた。泣きすぎた目は赤く腫れていて、少し痛々しいものだった。
今日はこれで解散となり、各々部屋へと戻って行った。

色んな話を聞いた。

各、それを考えながら眠る夜になった。






「三日月、ありがとうございました」

クーデリアの部屋までリノを運んで、ベットに寝かせた。
か細い身体を丸くなるようにして寝ている。
なんか猫みたい、と言葉にはせず思った。

「別に。なんか色々大変だったみたいだね」

誰とは言わない。
視線の先には静かに眠る彼女の姿。
言ってることは分からないことが多いリノ。けど、これからは少ししっかりと話を聞いてみようかなと思う三日月だった。
これからは仲間として生活していくのだから。

「そうですね・・・」

「あんたもだよ」

「え?」

目を細めてリノを見つめて同意するクーデリアに意識を戻す。
その様子に三日月は何を言ってるんだとばかりにいう。
きょとんとした顔でこちらを向くクーデリア。

自分のしたことを全然分かっていないと思い淡々と告げる。

「ずっとリノのこと気にかけてた。俺は、さっさと手当てした方がいいと思ったけど。話を聞いてみたら、そう単純なことじゃなかったみたい。それにさっきの食堂の時も。俺たちじゃあリノが泣くのを止められなかったし。あんたのおかげだよ」

「あ・・・あのときのことですね。私はただ、リノが言ってくれた救いを信じたかったんです」

三日月が何を言っているのか分からずクーデリアは一瞬呆ける。
しかし、リノの所まで護衛してくれたときのことを言ってるのだと分かると目を伏せた。
クーデリアの様子に三日月は眉を寄せる。

「どういうこと?」

「・・・私のせいで、流れた血がある。その事実は揺らぎないものです。けれど、その流れた血の分、誰かが救われている。ここにきて、色んなことを知りました。頭で理解した気になっていたことも含めて。流れる血があろうとも、歩みを止めるつもりはありません。けれどこれから歩いていく道の上で、血が流れようとも必ず誰かの救いになることを信じて行きたいのです。目の前で救われたと言ってくれたリノのように」

「ふうん。また、難しいこと考えてんね」

色々考えて疲れないのだろうかと思いながら答えれば、はっとした顔でこちらを見る。

首を傾げれば、慌てた様子で勝手な行動をして済みませんでした、と謝罪される。
あの時はなんだかああしなければならなかったといますか、頭で考えるより体が動いていたと言いますか、とあわあわしながら言い訳をしている。

別にそれを責めているわけではないのだが。

「怒ってるわけじゃないよ。ただ、あんたもリノも大変そうだなって思っただけ」

思ったことをそのまま言うと少し安心したような表情になった。

「そうでしょうか?」

三日月の様子にクーデリアが苦笑しながら答える。

「まぁ、いいや。じゃあおやすみ」

「はい、お休みなさい三日月」

ぺこりとお辞儀するクーデリアを見て律儀だよなと思う。
そういうとこに育ちの良さが表れているのだろうか。

難しい話は分からない。

だから違うことを考えよう。

あ、明日、晴れるかな。

そしたら、二人を誘って桜ちゃんのとこに行ってみよう。

難しい顔ばかりしていたら疲れるだろうし。

部屋への道をのんびり歩きながら、考えた。
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