鉄血夢 表ver
□血濡れの少女 19
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第19話 奇襲
二人と別れてブリッジに向かう。
ルドラについてもオルガにはしっかり話しておいた方がいい。
そう思って連れてきた。
ルドラは凄く渋ってたけど。今は私の肩に乗っている。
なんだか間抜けな感じなのは否めない。そんなことを考えていたら、途中で部屋の前にいる昭弘の姿を見つけた。どうしたのかと思って止まれば誰かと話しているようだった。
「先に行くんだってな」
「うん」
いつもの平坦な声が聞こえてきた。中にいるのは三日月か。言い淀むようにしながらも昭弘は続けた。
「・・・奴らが出てきて、そん中にもし弟が、昌広がいたら・・・・そん時は、」
「分かってる。昭弘が来るまで適当に相手して時間稼いでみる」
「みか、」
「ただ、こっちがやられそうだったら、約束はできない。その・・・悪い、けど」
「ああ・・・分かってる」
もう作戦が始まろうとしている。
昭弘には悪いけど、実に厳しい戦いになる。相手は殺す気で仕掛けてくるのに、こちらはそれをかわし続けなければならない。
それは相手との実力差があることで成立するものだ。
ラフタと三日月ならそれも可能かもしれない。けれど、相手は人海戦術でこちらの戦力を削ぎ落そうとしてくる。
生半可な覚悟では隙をついてやられるだろう。特にあの大きなMSは危険だ。対峙した瞬間分かった。
あれは使う側だと。
人を人と思わない、最悪の人間だ。
そんな人間の傍にずっと居続ければ、人など信用できなくなる。私のように。
血のつながった兄弟だとしても、すぐに信用できるか分からない。
敵として目の前に現れたのなら、尚更だ。起こりうる未来を予見して体が強張る。
するとそれに気付いたルドラが心配して頬に擦りよる。おお、ふかふかだ。少し笑みがこぼれた。
不安なのは皆一緒だ。一番不安なのは昭弘なんだから、私が落ち込んでてどうする。
弱気になるな。前を向け。それが私にできる、唯一のことだ。
「あれ、リノ。起きて大丈夫?」
いつの間にか昭弘はいなくなっていた。目の前にはノーマルスーツを着た三日月の姿があった。
「たくさん寝たからもう平気。ラフタと一緒に先行するんだってね」
「ああ、聞いた?うん」
「デブリ帯に入ったらいつも以上に視界が悪いと思うから気をつけて」
「そっちこそ。無茶してまた倒れるなよ」
「うるせい。今度はこっちが看病する側に回るのは御免だぞ」
「言うようになったじゃん」
「元気になりましたからね!」
そう言ってにかっと笑えば、三日月も口の端を少しだけ上げた。
そっか。
こっちが笑えば三日月も笑うんだ。きっと無意識なものだと思うけど。ちょっとした鏡みたい。自分を映す鏡。と思っていたら急に手を伸ばしてきて頬に添える。
お?なんだなんだ!混乱して赤くなる私を余所に三日月は何かを確かめるように頬を撫でる。ちょ、くすぐったいわ!
「もう泣いてないね」
「へ?」
言っている意味が分からず首を傾げる。
が、三日月はなんだか一人で納得したのか満足そうだ。
な、なんなんだ。
いつ私が泣いたって・・・あーそういや起きたら泣いてた形跡あったっけ。
そっか。
その時も傍にいたのか。
「あー・・・なんか迷惑かけてごめんね」
「迷惑だとは思ってないけど」
「・・・うん」
色々お世話になったみたいだけど、あんまり何回もお礼を言うと不機嫌になりそうだ。というかすでになってる気がする。よしぐだぐだ言うのは辞めよう。
「じゃあまたあとで。無事を祈る。なんかあったら私も出るからね」
「そうならないようにするよ。リノ危なっかしいし」
「うっせ」
いつも通り憎まれ口を叩く三日月に私もいつも通り返す。切り替えて行こう。次に待つのはまた戦闘だ。
ブリッジに向かうとオルガにびっくりされた。さて何処に驚いているのか。色々と説明が大変だな。
「もう動けんのかよ、お前」
ユージンが少しだけ顔を青くさせながら聞いてきた。
なんで青くなってるか聞いたら一番最初に私を部屋まで運んだのがユージンだったらしい。
だが、あまりの私の憔悴ぶりに怖くなって三日月とバトンタッチしたそうな。
ユージン・・・。
怖がらせてごめんと言えばいいのか何なのか。
「あんまり無理すんじゃねえぞ」
「それ三日月に散々言われたからお腹いっぱいだよ・・・」
げっそりとした表情でそう言えば、オルガも心当たりがあるのか苦笑いだった。
「無茶はしない。けど、何かあったら出るから」
「ったく無茶すんなっつてんのに」
「そういや、遠隔操作でMSって出せるのか?」
チャドがそう聞いてきた。
「うん、出せるには出せるよ。私の阿頼耶識はそのためのものでもあるし」
「視野の拡張だっけか。どのくらい拡張されるんだ?」
「んー例えば、ここから戦闘区域を見る視点とレヴィに乗ってみる視界の二つが見える感じかな。その為の機材がこれ」
私はポケットに入れていたモノクル式のモニターを取りだした。
「これを左目につけてレヴィがみている映像をみて、右目では全体を見るんだ。この二つの視界を頭で処理しようとしても普通の人は無理だね。同時平行する処理を内部のナノマシンが担ってくれてるから私に可能なんだよ」
「けど、それじゃあMSはどうやって動かしてんだ?」
「それはこれを使う」
もう一つのポケットから小型の端末を取りだした。十字キーとボタンが三つ付いてるだけの簡素なものだ。
「これで動かしてるんだよ。昔のドローン?だったかな。確か遠隔操縦で飛行可能な小型の無人航空機で、それを真似て作ったらしい。レヴィは一応普通のMSだから乗れば他のと変わらずに動けるけど、一つ違うのはオートモードにすることで遠隔操作が可能となるんだ」
「そうだったのか」
「すげえな」
話してなかったね、ごめん。私も普通にレヴィに乗って戦ってたから遠隔操作とか忘れてたよ。結構難しいし、これ。
「なるほどな。だが、処理できるっても長い時間は無理なんだろ?」
「そこは乗って戦うのとあんまり変わんないかな。結局は機体の状態次第になるし」
「ああ、補給は戻らねえと無理だな」
「だから地上なら私は最強なわけ。そうだ、ルドラ」
≪ここで我を呼ぶのか≫
「!なんだ今の!頭ん中で声が響いたぞ!」
「リノ、そいつは一体・・・」
「今はこんな姿してるけど、これがいわゆる”人ならざる者”ってところかな。ルドラは伝承によっては悪魔とも呼ばれてる」
「悪魔・・・」
「そんなもん本当にいたのかよ・・・」
「ってただのぬいぐるみじゃねーか!」
≪小僧・・・今すぐ鎮めてやろうか・・・!≫
「ルドラ」
落ち着かせるように言えば、ルドラも大人しくなった。
「で、こいつはなんでそんな姿なんだ?」
話がそれてたが、オルガが戻して聞いてきた。オルガがいないと話になんないな。
「ぬいぐるみは本物。ぬいぐるみを媒介にしてルドラを視覚的に捉えられるようにしてるんだ」
「よく分かんねえが、わざわざそんなことしてまでなんでここに来たんだ?」
「私を心配してきてくれてたみたい」
「なるほど。じゃあ俺たちに危害を加えるわけじゃねーんだな」
「うん」
「ならいい」
オルガがそう言ったことで他の面々も害はないと判断したようだった。
他にも説明してないことあるかもしれないけど、その都度話してけばいいよね。一気に話しても分かんないし。
私の話が終わり、ブルワーズとの戦いについての話に戻った。
作戦の詳細はこうだ。
三日月とラフタが先行して、その間にハンマーヘッドとイサリビは違う航路からブルワーズへ奇襲をかける。
その後、イサリビからブルワーズの船に乗り移っての白兵戦となる。
昭弘の弟についてはその時に応じて、引き入れることになる。何かあった時に動けるようにと私はブリッジに留まることとなった。
「おやっさんにはレヴィを出せる状況にしておいて貰って」
「その遠隔操作ってやつでやるのか?」
「必要とあらば、ね。船を守るくらいはしないと」
「・・・分かった」
『これよりデブリの密集宙域に入ります。艦が大きく揺れる危険があるので、各員十分注意してください』
フミタンの艦内オペレーションが響き渡った。ここからは時間との勝負。
「さあーて・・・行くか!」
オルガの号令で、作戦が始まった。そこからは怒涛の展開だった。
こちらの作戦通りにイサリビがブルワーズの船に取りつき、白兵戦を開始した。その間に敵のMSは三日月たちで応戦していた。
だが、それは余りにも辛いレクイエムの序曲だったことに誰も気付かなかったのだった。
大きな衝撃によって船が揺れた。
「なんだ!?」
「MSから攻撃です!」
「な!?この威力でMS!?」
オルガの驚いた声にチャドの画面を見る。そこに写る周波数は他のMSとは異なっている。何処かでこれを見た気がする。
歳星のおっちゃんが脳裏を横切り、体に電流が流れたような気分になった。
「この周波数・・・そうか!オルガ、これ多分相手はガンダムフレームだ!」
「何!?本当か!」
「間違いない!バルバトスの周波数に似てるってことはそうとしか考えられない!」
こんな改造もできるのか。伊達に武闘派で名が通ってないな。この攻撃をくらい続けたら船が持たない。
「このままじゃやばい!オルガ、私を、レヴィを出して!」
「くっ・・・!
だが、次の瞬間相手のガンダムフレームが離れて行った。あれは、
「ミカか!よおおし!今のうちに立て直すぞ!リノも船の周りを護衛してくれ!ただし、絶対無茶をするなよ!!」
「了解!」
直ぐに整備班へ通信を入れる。
『おやっさん!レヴィを出して!』
『本当にやるのか!嬢ちゃん!』
『私は大丈夫!だからお願い!』
『ったくあんま無茶すんなよお!』
『分かってる!』
おやっさんの心配そうな声に申し訳ない気分になる。
けど船を落とされる訳には行かない。モニターをつけて、レヴィを起動させる。
平行処理開始。
行くよ!レヴィ!
三日月が相手をしていてくれるおかげで船にはMSがあまりいない。だが、いないわけではない。
レヴィで蹴散らしながら、辺りの索敵を続ける。元がテブリ帯ということもあって視界はすこぶる悪い。加えて戦闘の影響でどんどんデブリが増えていく。
相手はどれだけMSを所持しているんだ。長引けばこちらの分が悪くなる。
シノたちからの通信でブルワーズの制圧は順調だと言うことだった。中は子どもだらけらしい。つまり殆どがヒューマンデブリということだ。
外道が。
汚い仕事を全て子どもたちに押し付けるなんて。黒い感情が自身を包む。
すると、私の視界が一瞬で黒く塗りつぶされた。
これは、これは・・・!
「っ・・・敵の、死霊たち・・・!」
ただ無念だと言って嘆く彼らの魂。宇宙で散ることしか許されない、戦い続けなければならない子どもたち。
ほとんどが年端もいかない子どもたちだった。そこに含まれるのはどうしようもない怒りと憎しみ。
何処に向けたらいいか分からないそれは標的と見つけたとばかりにこちらを向いた。
やばい。そう思ったときはすでに遅かった。
≪リノ!それを見てはならん!!≫
あーあやらかした。
またこうして、意識が闇に落ちて行く。
倒れるなよって皆に散々言われたばっかりだってのに。
この涙は、彼らの慟哭。
最後に聞いたのは、焦ったようなルドラの声だった。
「ごめんね・・・何も、できなくて・・・」
こんなことしか出来なくて。