暗殺日記
□?日目
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「では以上を踏まえて、万葉集581を口語訳してみましょう。」
「んー···生きていれば逢えるかも知れないのに、何故あなたは「一緒に死のう、愛しい貴方よ」と夢に現れたのですか。」
「正解!先生、ハナマル上げちゃいます!これは何とも切なく、寂しい和歌ですねぇ···。」
顔に二重丸の模様を出して、さらに触手で丸を表現してくれている。
ここまで体全体を使って正解を伝えなくても、充分伝わるのだが。
今の状況は言わずもがな、殺せんせーに古文を教えて貰っているところだ。
古文は言い回しや語が独特で分かりにくいので、今改めて教えて貰っている。
文系の私としては、せめて国語と社会の弱点は減らしたい一心。
それでも勿論神崎さんや磯貝君には勝てないのだが、何とか追いつこうとは思う。
「さて、篠原さん。ここで国語によくある、答えのない問といきましょう。」
「答えのない問···?」
「この和歌を口語訳し、意味を知って貴方はどう思いましたか?」
理系の人が、国語を嫌う理由の一つでもあるだろう。
理系、数学や科学には必ず答えがあるが、国語は問題によっていくつも答えがあり、絶対正解とは限らない。
だがその分、自由に答えを出す事が出来る。
「私も、寂しい和歌だと思いました。」
「ほう。それは何故?」
この和歌の作られた時代、物事の捉え方や常識は、今と大きく異なる。
どういう経緯かは想像がつかないが、理由があって愛しい相手に会えない。
そして会いたいけど会えない、諦めにも聞こえる。
だからこそ夢に出て、諦めの語を述べているのではないだろうか。
「なるほど···この時代の人たちは夢に誰かが出てきたら、その人が自分に何かを訴えている、働きかけていると信じられてました。」
「じゃあそう思っていたのは、自分ではなく相手だった、という事ですか?」
「さて、どうでしょう。答えはありませんからねぇ。」
「嫌な問題に、さらに妙な追加をしてきましたね。」
となると、どういう事だろう。
そう思ったのは相手なのか自分なのか、なんだか分からなくなってきた。
夢に出てきたという事は、少なくとも自分がそう思っていたから見たのであって、当時の考えから向こうもそう思っていたと思われている。
互いに会えると信じているけれど、当時の事情で会えないのを分かっていたのかもしれない。
あえない苦しさ、辛さの末の和歌という事だろうか。
「どうです?この短い文字からいろいろ読み取れる、これが和歌の面白さだと思いませんか?」
「···何だか深いですね。」
「そしてこれは和歌だけではありません。誰かの行動、雰囲気、表情、様々なものから、数多くのものが読み取れます。」
「でもそれって、憶測に過ぎないんじゃないですか?」
「では篠原さんは、暗殺の計画をしても成功は憶測だ、と諦めますか?」
まさかここで暗殺に繋げるとは思わなかった。
そう言われれば、確かにみんな諦めることはないし、自ら成功に導こうとする。
それはきっと、勉強も同じではないのだろうか。
E組だからと呆られていた私たちを見捨てず、今までずっと傍で教えてくれた先生だ。
この先生を殺さなくちゃいけないのはどこか心苦しいが、今まで教えてくれてきた事のお返しに暗殺を成功させなければならないと思う。
「私はもう諦めません。勉強も、もちろん暗殺も。」
「暗殺者として、素晴らしい目をしています。卒業まで、楽しみにしてますよ。」
心の中で、先生とクラスのみんなにお礼を言った。
これを言葉にするのは、全て終わらせた時にしよう。
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