中編

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正直ここに来て何か分かるとは微塵も思っていない。
本当はクルークから本を貸してもらったり、シグに話を聞いた方がいろいろ情報は得られるだろう。
が、急にそれもできないし、あの天の邪鬼と自由人の少年らから、真面目に話が聞けるとは全く思えない。
そういえば前にレムレスから本を教えてもらったようなことも言っていた気がするし、レムレスからも何が聞けるかもしれない。

とにかく、今は目の前あるアルカ遺跡の調査に専念する。
昨日アミティから聞いた話では、クルークにここに呼ばれ、その光景を見たとか何とか。


「来てみたのは良いけど···ここに何があるって言うんだろうか···。」


呟きながらしゃがみこみ、無意識に壁に掘られている文字を指でなぞる。
アルカの地に関しての本ならば図書室でいくつか読んだことがある。
どうも謎が多く、分からないところが数多く存在する。
私としては興味深いが、なかなかその謎は解けない。
それでも良いのかと思うが、調べるのは自由。

それを見て興味を持ち、この遺跡も何度か調べた事がある。
何かが見つかることの方が少ないが、それでも飽きることないし、見ていて楽しいから好き。
多分遺跡内にもまだ行ったことがないところもあるだろう。
そんな無を知る事が楽しいと感じる私は、きっと変わっている。



今日はもう帰ろう。

そう思って立ち上がった瞬間、背後に何かを感じた。
大きく、今まで感じたことのない魔力、けれど知っている。
思わず身体が硬直した。
よく本で書かれている、たった数秒だが私には数分に感じれた、という表現はきっとこういう事なんだろう。

意を決して振り向いてみると、そこには学校で毎日顔を合わせている彼が、紅に染まった姿でいた。
姿は同じだけど全く違う。
思わず後ずさんでしまったが、すぐに壁に背が当たった。
そこで私は我に返り、騒ぐ胸を落ち着かせた。

私の目の前にいる彼の姿は友人。
けれど本能か、感じるもので恐怖を覚える。
それとは対象に、心のどこかで好奇心が湧き上がったのだろう。
私は目を離すことができなかった。
そして私はそれが整理できず混乱していたと思う。
自然に声が漏れた。
自分でも驚くくらい、乾いた小さな笑い声だった。

僅かな音でも響くこの遺跡内では、私の声は彼の耳に届いたようだ。
彼はかけているメガネの下から鋭くこちらを睨み、いつもより低い声で私に向けて言葉を発した。


「何だ···私に何か言いたいことでもあるのか?」

「あぁ、いや、何も···ちょっと混乱しただけ、と言っておこうかな。それと···貴方、誰?クルークではないよね。」

「この身体の持ち主の事か。言うなれば、そのクルークと言う奴で間違いはない。」

「よく言うよ。」


向こうは私の意に気付いたのか、余裕ともみれる笑みを浮かべた。
私は幾分落ち着きを取り戻してはいるが、未だに高鳴る胸は静まることなく、平然を装うので精一杯だった。


「私の質問は一つだけ。貴方は誰?」

「···それを知って、お前の何になる。」

「きっと何にもならないし、何するつもりもない。もっとも私達に利害があるっていうなら別の話だけど。」

「利害か···この身体はお前の知り合いだろう?まず取り戻そうとは思わないのか。」

「別に。今のその身体の使用者は貴方だから、貴方の好きにすれば良い。ただ所有者であるクルークの意志にそぐわなければ、さすがに止めるかな。」


話しているうちにだんだんと落ち着きを取り戻せたが、それでも会話は何とかできている程度。
私はいっぱいいっぱいなのに、少しも動じず面と向かって話す相手に少しムカつくくらいだ。
クルークの身体というのも、原因の一つだと思っておく。

彼はさっきと打って変わって笑みを浮かべ、小さく笑ったと思えば続けた。


「邪魔するなら容赦しないつもりだったが···そうではないようだな。」

「そんな必要性は感じないし、相手が誰だろうが初対面で突っ掛るほど、失礼じゃないよ。」

「話の分かる奴だ。その順応に敬意を払って、先程の質問には答えてやろう。」


そう言っておもむろに片手をあげたと思ったら、その手には赤い本が握られていた。


「封印のきろく···?」

「これを知っているのか。なら話は早い。」

「···じゃあ何、貴方はそれに封印された魔物で、クルークの身体を乗っ取ったて事?」

「察しが良いな。大方そんなところだ。」


関心と共にクルークに対しての罵倒の言葉しか思い付かなかった。
昨日話を聞いたが、封印を解かれたのはそれよりも前。
手放さずに持ち続け、挙げ句また身体を奪われて、正直にアホなのかと思った。

知りたいことは知れたが、目の前にいる級友は本当に魔物に身体を奪われているだろう。
あの本に書かれているように、魔物が邪悪なタマシイの存在なら何が起こるかはまったく予想はできない。


「でもまぁ、いっか···真偽も知れたし、貴方にも会えたしね。」

「張り合いがないな。お前はもう少し相手しても楽しめると思ったが、残念だ。」

「そりゃどーも。ならまた今度会ったとき、相手してください。ここでは暴れたくないから。」


遺跡内で暴れて何処かを壊したくないし、魔導によって影響を及ぼしたりはしたくない。
何よりアイツとやり合う理由がない。
それにクルークも大丈夫だ、多分。

また今度、なんて言ってもそれがいつになるか分からないが、なんとなくまた会えると思った。
だから私は魔物の横を通り、遺跡から出る。
横を通るときは少し緊張したが、向こうは気にしていなかったようだ。

距離が大体5、6m離れたくらいか、一旦振り向いてみた。
その瞬間、普段の緑とは正反対の紅い目と視線があった。
それに私は驚いたけど、向こうも少し驚いたらしく、一瞬目を見開いていた。

そんな表情に気が緩んだのか、私はまるで友人と別れるときのように笑いながら手を振って言った。


「またね、魔物さん。」


それに対して返事はなく、彼は顔を隠すように向こうを向いた。
そしてその後は遺跡の奥に進む足音だけが響いた。
姿が見えなくなった頃、私は街の方に向かっていった。





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