中編

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「挨拶が遅れたね、久し振り。何日ぶりだっけ?」

「···チッ。以前に言ったはずだ。邪魔をするならば、容赦はしないと。」

「もちろん覚えてるよ。でも安心して。貴方を封印する気はないからさ。」


シグを逃がされ、不満を露にする目の前の魔物。
アイツの目的がシグならば、シグを守ればそれで良い。
でもその為にクルークの身体も、こいつ自身も傷付けたくない。
身体のないこいつに傷がどうのこうのも言えないが、心身共にと言っておこう。


「私を封じないのなら、なぜ邪魔をする。あいつは私の半身だ。どうしようが、私の自由だろう。」

「それは違うんじゃない?かつては貴方の半身だったかもしれないけど···シグはシグ、貴方は貴方。別人だと思うよ。」

「···知ったような口をきくなっ。」


ごもっともな話。
所詮私が知っているのは所詮本に記された上辺だけのこと。
結局私は、彼らの事なんて何も知らないと思う。
紅い目に睨まれ、その事を苦しいほど痛感する。


「何にせよ···お前が邪魔なのには変わりない。これ以上、阻むと言うのなら···分かるな?」

「覚悟の内だよ。」


私は本当にバカだと思う。
こんな事をして何になる。
守りたいなんて言っても自己満足、エゴでしかない。
自分の力だけではかなわないと分かってる。
だとしても、私はやるだけ。
きっと大丈夫、なんて根拠のな自論を振りかざしながら。

癪に障ったようで、私に向けて魔導が放たれた。
クルークの身体に慣れたとはいえ、他人、ましては幼い少年の身体では力が出し切れないのか、反撃魔法で相殺ができた。
思っていたより、というだけで強さは十分にある
でも私は道を譲らない事にも専念する。


「おい、魔物!本来の力、姿を取り戻したいと思うのは当然の道理!けれどシグにはシグの人生がある!それを妨げるのは筋違いだ!」

「――――···っ!お前に何が分かる!理不尽に眠らされ、どう足掻いても己の意思では抗えず、屈することしか出来ない絶望がお前には分かるか?!」

「···知らないよ、そんなの。分かるはずもない。」


悲痛の叫びに思わず手が止まった。
放たれることのなかった魔導は私の手から消え、何もなくなった。
一時的に私は無防備な状態になった。
それでも魔物から目を離さず、真っ直ぐ見続けた。

私は何も知らないし、分かっていない。
痛みを分け合えるほど、理解していない。
でも私はきっと、だからこそ···


「だからこそ、私は知りたいんだ!何があったのか···アンタが何を感じて今に至るのかを!」

「···身の程知らずが。知りたければ教えてやる!私が今まで感じた痛みを!!」


その時の気迫、共に魔力は今までとは比べものにならないほどだった。
多分これは感情に任せた最大魔法なのだろう。
何にせよ、これを喰らったら一溜りもない。
反撃魔法で対処できるレベルではない。
かなうとは到底思えないが、私も最大魔法の為に魔力を溜める。


「ハイドレンジアッ!!」

「―――っ!メレアグロス!!」


結果は分かっていた。
私は相手の放った魔法に吹き飛ばされた。
私の放った魔法と激しくぶつかり合い、騒音と砂埃が吹き渡る。
おそらく威力は幾分弱まったのだろう。
身体を強く打つし擦り傷は出来るし、そこら中が痛む。
自分も最大魔法を使わなかったらどうなっていたか、と思うと恐ろしい。

身体は痛むが、動けないほどではない。
砂埃で悪かった視界が次第に晴れ、一つの人影が見えた。
私は迷わずそれに駆け寄った。
そこには予想通り魔物が居たが、息を切れ気味にして地に膝をつけていた。


「やっぱり、限界以上の魔法を使ったね。クルークの身体じゃ、耐えられなかったのかな。」

「···うるさい。私は見ての通りだ、好きにするといい···。」

「満身創痍の相手を目の前に弱気だねぇ。」


さっきとは違い、力無く大人しい。
けれどそれも無理もない。
力を使い切り、抵抗する気力も残っていないのだろう。

今までどこにあったのか、傍に封印のきろくが転がっていた。
それを拾い、私はその本の赤い表紙を眺めた。
眺めているだけで何もしない私を、魔物は少し不思議そうに見上げていた。
私はしゃがみ込み、相手と同じ目線になった。


「私言ったじゃん。貴方を封印する気はないって。だからそう気張らないでよ。」

「なら、本当に半身を守りたいだけとでも?···奇矯な奴だな。」

「···私は貴方も守りたい、て言ったら、もっとおかしいかな?」


当初の恐怖心も薄れ、普通に友人と話す感覚に変わり、いつの間にか私の頬は緩んで笑みを浮かべていた。
それとさっきの私の発言に驚きを隠せない魔物は、目を丸くしている。
私はてっきり罵倒する言葉が出るかと思ったが、無反応だ。
全くと言っていいほど反応がなかったので、目の前で手を動かして、意識の有無を確認した。


「おーい、魔物さん?起きてますー?聞いてますかー?」

「お前が私を、だと?自分が何を言っているのか、分かっているのか?」

「言ってすぐ忘れるほど、無責任じゃ無いんだけどなぁ···。それとも、そこまで落ちぶれてない、て事?」

「···そもそも、私は···っ?!」

「貴方が誰だろうが、それは関係ない。ただ私が、貴方を守りたいと思っただけ。いろんな意味で、ね。」


どうせ自分は魔物だとか何とか言うんだろうと思って、その前に言葉を遮るように持っていた封印のきろくで頭を叩いた。
叩いたと言っても、重力に任せて頭に向けて軽く落とした程度。
けれど全く予想をしていなかったのか、その軽い衝撃でとても驚いていた。

人から意味もなく忌まれて過ごしてきたコイツには、守られるなど概念が無かったのだろう。
もしかしたら傍に誰か居ることすら、考えたことがないかもしれない。
それを知っているのは本人だけで、いくら私でもそれを聞き出すことはできない。


「とりあえず、今は休んだら?この中は嫌いだろうけど、暴れ回ったし疲れたんじゃない?」

「こんなところ、休めたものではないが···致し方ないな。」

「出てきたかったら、また身体を借りればいいじゃん。クルークはそれを許可してるようだし。」

「ふん、お前に言われずも···。また邪魔をしたら、許さんぞ。」

「分かってるくせに。」


思わず苦笑いをしてしまった。
そして紅に染まっていた姿は、いつものクルークに戻っていた。
戻った瞬間、その場に倒れこんだので見てみると、身体の疲労は抗えないのか、どうやら気を失っているだけらしい。
怪我をしているわけでもないし、ひとまず安心した。
確かにあの衝撃をクルークが受けていたなら、絶対に気絶していただろう。

戻ったということは、魔物はこの本の中にいるのかと思い、本の背表紙を指でなぞる。
おやすみ、また会おう、なんて呟いてみたが、この言葉があいつに届いたかどうかなんて、私は知らない。




(オマケ、5.5話→)
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