書き物

□機械仕掛けの子守歌
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「…これは、何だ?」
よちよちと赤子のように、愛する猫は歩いてきた。発せられる機械音は、彼が、悲しき運命を背負った、ロボットであることを証明している。
「これはな、」
儂は笑って、絡繰の身体から、小さな木箱を取り出すのだった。




───機械仕掛けの子守歌───




「…おるごーる?」
そう言って首を傾げたのは、儂の恋人であり、命よりも大切な猫、ロボニャン殿。
「そうじゃ。ケータ殿が、儂にくれた」
木箱を、そっと撫でる。ロボニャン殿はふむ、と小さく頷いた。
「未来世界には、存在しない代物だな」
不思議そうにそれを受け取って、裏返してみたり、軽く叩いてみたりする。
「…少し、貸してみよ」
片目を瞑って木箱を開けようとする彼を止め、儂はその小さな四角に空いた穴に、ゼンマイを差し込んだ。

──…かちゃり、かちゃり。
回すたび響く、小さな乾いた優しい音。
ロボニャン殿はまん丸い目をさらに丸く見張って、その様子を見つめている。
「…これでよし、と」
ほれ、とそれをロボニャン殿に手渡す。
そのとたん、澄んだ音色が箱から溢れて、彼は肩を竦ませた。
初々しい様子が、微笑ましいと笑えば、照れたようにじっと押し黙った。

ぽろん、ぽろん、と、何とも言えぬ子供らしい落ち着いた音色。
ケータ殿がくれた事や、箱が古めかしい木で出来ている事を踏まえると恐らく、これはケータ殿が小さい時聴いていた子守歌であろう。
しばし、黙って2人、繰り返される音楽とゼンマイの回る音に耳を傾けた。

段々と、音が遅くなって、止まる。
「…それを回すと、曲が流れて、止まるのじゃ。気に入ったか、ロボニャン殿…」
そこまで言って、儂は驚いた。
ロボニャン殿の瞳から、一筋の涙がこぼれていたから。
「い、如何がなされたロボニャン殿!?」
彼ははっとしたように体を弾ませると、ごしごしと目を擦った。

「…すまない、プログラムが不具合を起こしてしまったようだ……この音程や、周波数が……この辺りに響く…」
そう口にして、胸の辺りを抑える。
「ケータやジバニャン、ウィスパーの事を想うと、哀しくてな。…それに」
一旦言葉を切り、また涙を拭う。
「……何より、その曲は、未来に戻ったら…からくりベンケイ、お前がいないということを思い出してしまう……」
呟くと、オルゴールを置き、儂に抱き付く。

「…ケータの思い出に触れれば触れるほど…私は、自分の無力が情けない…!私を責めてくるようで…辛い…!」


──そうか、と、それ以上儂は何も言わなかった。
ロボニャン殿はそう、寂しい未来世界にたった独りで暮らす、悲しき運命を背負ったロボットなのだ。

儂では、その小さな体を引き裂く痛みを代わってやることは出来ない。

「儂も同じじゃ、ロボニャン殿…」
震える頭を包み込むように撫でる。
彼は安心したのか、小さな嗚咽を洩らした。

「…お主の心の穴を埋められぬこと、未来永劫側にいられないことが、とても哀しくなってしまう」
…だが、と儂は続けた。

「ケータ殿の思い出に寄り添えること、それはお主の思い出に寄り添えることにもなる」
涙顔をそっと上げさせた。
「だから、泣くのは止めよ、ロボニャン殿。儂はそれが、とても嬉しいことだから」

ロボニャン殿はきょとんとした後、再びぼろぼろと泣き始めてしまった。
「…ぇう…ぁ、ああ…分かって…いる…っ、分かって……」
彼の行き場のない気持ちが、儂の袖を掴む手に込められていて。

──そっと、額に接吻を落とした。

ロボニャン殿はまだ泣いている。
…抱き締めたまま、このまま、ひとつになれたらいいのだが。
彼の苦しみも、悲しみも、全て受け止めてあげられたらいいのだが。




───儂にはただこうして、抱き締めることしか、出来ないのだ。










暫くして落ち着くと、ロボニャン殿はオルゴールを拾い上げ、儂に手渡した。
「……もう一度、もう一度だけ、その音が聴きたい。…ケータの、思い出の音が」
「よかろう」
ゼンマイを巻くと、また響きだす優しい音色。

ロボニャン殿はもう泣かなかった。
瞳を閉じて、その子守歌を聴いていた。


「…優しい、歌だ」
儂の手を握る。
「まるでお前の声のような。」
儂の顔を見つめ、微笑んでみせた。









───哀しく冷たいロボットの心を溶かすのは、優しい、温かい、機械仕掛けの子守歌。


              *END*

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