loud voice
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私は今、一膳の箸に苦戦している。
今まで当たり前のように右手で箸を持ってきたが、左手になると一気に箸捌きが難しくなるのだ。持つことさえままならない。
そんな私を微笑ましげに見ているのは、先程仕事を終えて帰ってきたサクヤさん。 彼女は病室に入ってくるときには既に箸を持っていた。もとからリハビリに付き合うつもりだったらしい。
『…難しい』
「でもさっきよりは上達したわよ。ほら、頑張って。これが出来たら病室から出てもいいって先生からも言われてるんだから」
そうして応援してくれる彼女は、まるで母親のようだ。
私のような他人の為にリハビリまで付き合ってくれるなんて彼女くらいだと思う。
「病室から出たら、此処を案内してあげるわ。私の部屋でお茶でもしましょ」
「それは楽しそうだな」
いつの間にそこにいたのか。
壁にもたれ掛かって笑う男。確か彼もアラガミから私を助けてくれた一人だ。
雰囲気で分かる。彼は隊長格の人だと。
「よっ。仲が良さそうで何よりだ」
「珍しいわね、リンドウが病室に来るなんて。怪我でもした?」
「ただの見舞いだ。
サクヤが面倒を見て、あのソーマが興味を持つ奴に俺も興味がわいた」
ニッと笑ったリンドウという男は笑顔だけで人を安心させられる何かを持っている。
見ず知らずの他人でも、この人ならば戦場で安心して背中を任せられるような人物だ。
こういった人間は至って珍しい。
「リヒト、この人は雨宮 リンドウ。私達の部隊の隊長よ」
『リヒトです。あのときは助けていただきありがとうございます』
「……」
「…リンドウ?」
急に真面目な顔をして私の顔をジッと見てくるリンドウさん。
私はただ首を傾げた。
「ん?ああ、すまんな。
サクヤ、そろそろ仕事の時間だ。俺は新人教育でな、そっちは頼む」
「ああ、例の新型君?
了解、こっちは任せて。じゃあリヒト、行ってきます」
『行ってらっしゃい。サクヤさん、リンドウさん。どうかご無事で』
少し驚いた顔をして病室から出て行ったリンドウさんといつもどうり笑って出て行ったサクヤさん。
あのリンドウさんはいったい何を考えていたのか。
憐れみ、とは違う。同情、も違う。
そして考える事を放棄した。
所詮は他人の考え。私がいくら考えても他人の考える事は理解できない。
それよりも早く、箸を使えるようになってサクヤさんと極東支部を周る方がずっと有意義だ。
私は再び箸を構え直し、自由自在に箸を動かせるように専念した。