loud voice

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『どうですか』

「うん、いいんじゃないかな。熱もないし…にしても頑張ったね」


自由自在に動く箸。初めと違い、何の違和感もなく扱えるようになった姿を見て、医者は感嘆する。

傷口の経過も良好のようで、外出を許可された。ただし、この極東支部の中だけという条件付き。まだ傷も処置が必要で、寝泊りは病室で。
家に帰れる日は遠そうだ。


『一時的にでも家には帰れないんですか?』

「それは難しいね」


やぁ、と手を上げて病室に入ってきたのは此処に来た当初から何かとお世話になっているサカキ博士だ。
私が何故?と疑問を投げかけると彼は眉を下げながら小さく唸る。


「聞いてもいいかな?君は居住区で厄病神と罵られてきたそうじゃないか。
元の家に帰るよりは此処にいた方が安全なはずだが、何故君は帰りたがるんだい?」

『自分の家に帰りたいと思うのは可笑しなことか?…ですか』

「リヒトさん、はっきり言わせてもらおう。君は腕以外にも昔からあるような切傷や擦り傷が多過ぎる。
住民達にやられたんじゃないのかい?もしそうなら、そんな場所に君を返すのは医者として反対だ」


医者として、か…殊勝な心がけだ。
思わず敬語も忘れた己を静めるように深く息を吐く。

そんな心遣い必要ない。私のような人間にソレを使うのは間違いだ。
睨むように二人を見つめれば、怖気付くこともなく私を見つめ返す二人。

いったい何なんだ!この人間達は!


『何が目的だ。何がしたい。私に何を求める』

「君の安全確保と治療。あとは感情の確認だ」

『……感情の確認?』

「リヒトさん、君は最近いつ笑った?いつ泣いた?」

『…そんなもの私に求めないで。
痛い、危険、それらが分かれば十分です』


喜びなんていらない。悲しみなんていらない。もう笑い方なんて忘れた、涙は枯れ果てた。
感情を押し殺してきたからこそ、今此処に私が存在するのだ。


「やはり君は暫く此処に残るべきだ。笑顔や涙は精神を整える為の手段の一種。
腕だけじゃなく精神の安定も必要みたいだね」

『理解に苦しむ!』


ベッドから飛び降りて病室を出る。
待ちたまえ!と閉まった扉から声が聞こえた。勿論止まりはしない。

精神の安定?今は不安定だと言いたいのか。笑顔や涙は精神を整える手段?冗談じゃない。笑顔は知らないが、涙は胸を苦しくさせるだけだったじゃないか。

苛立ちがおさまる事はなく、私はエントランスに足を踏み入れた。
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