詰め合わせ

□それはまるで幻のような
1ページ/1ページ


「ななしさん!」


琵琶湖湖畔の静かな木で囲まれた空間。そこに笑顔でやってきた男の子。琵琶湖に膝から下を深々と入れて空を見ていた女はニッコリと笑うと男の子の方へと振り向いた。


『宙太郎君、今日はどんな話?
綺麗な先生の話?天兄や空兄の事?それとも金平糖の美味しさ?楽しみでずっと待ってたんだ』

「今日は天兄と白兄が…」


宙太郎がななしと初めて会ったのは宙太郎が散歩中のときだった。綺麗な歌声がする方へ歩いて行ってみれば、足を琵琶湖に浸けたななしがいた。思わず宙太郎が歌を褒めるとビクリとしたななしは怯えながらも照れ臭そうに笑った。

それから毎日、宙太郎が彼女の元に通い詰めるとななしは宙太郎が話す町の話を興味深そうに聞いていた。
今も楽しそうに一文字一句逃すまいと一生懸命話を聞くななし。そこまで聞いてもらえるから宙太郎も楽しく今日の出来事を話せるのだ。

話し終わる頃にはいつも空丸の夕飯が出来る時間帯になっている。名残惜しそうに話を切り出すのは決まってななしだ。


『宙太郎君、もうそろそろご飯が出来上がってる頃じゃない?』

「あっ!また怒られるっス」

『今日はありがとうね。宙太郎君の話は面白いから時間があっという間に過ぎちゃう』

「オイラ、まだ話し足りないっス…そうだ!ななしさんも一緒にご飯食べるっス。天兄達も歓迎してくれるはずっスよ」


無邪気に告げた宙太郎の言葉に微かにななしの顔が歪む。
グイグイと腕を掴んで力尽くで引っ張るとななしの身体は意外にもすぐに動いた。そこで初めて目にするななしの膝から下を見た宙太郎は息を呑む。


『ごめんね、宙太郎君。私は歩く事が出来ない。それに町は私にとって危険で眩しすぎる場所なの』

「あっ…待つっス!ななしさん!」


トプンッと音を響かせて湖の中へ消えたななし。彼女の着物の裾から見え隠れしたものは紛れもなく魚の尾。上半身は人間、下半身は魚の尾。俗に人魚と云われるものだ。
驚いた宙太郎が声を出せたのはななしが湖の中へと消えてからの事。日が暮れるまでななしの名を呼んだが彼女は出てこない。根気良く何日も琵琶湖湖畔へと通い詰めてもななしと会う事は出来なかった。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ