詰め合わせ

□泣き虫三男、立ち上がる
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それはまるで幻のようなの続き


「おい宙太郎、どうした?ここんところ元気ねえけど」

「てん…にぃ……っ天兄‼︎」

「うわっと⁉︎ちょ、何があった?いきなり泣かれてもお兄ちゃん分からねえよ」

「天火、今はそっとしといてやれ」

「宙太郎が泣き終わったら聞いてやればいいだろ。俺、茶淹れてくる」

「なんで二人ともそんなに落ち着いてんだ…もしかして理由知らないの俺だけ⁉︎」


一週間ほど元気がなかった宙太郎。色々溜め込んでいた事もあったのだろう、天火が彼の頭を撫でると、とうとう目から大量の涙が溢れ出してきた。
焦りながらも宙太郎が泣き止むまで胸を貸していた天火は大きな泣き声から嗚咽へ変わった事に少しホッとする。なんとか話が聞ける状態になりそうだ。


「で、どうした。ふられたのか?」

「このクソ兄貴。なに真顔でふざけた事云ってんだ」

「ぅ…ふ、ふられたっス!」

「「「はぁっ‼︎?」」」

(ちょっ、ふられたって…ふられたって‼︎)
(気持ちは分かるけど少し落ち着け。友達と喧嘩したって考えもあるだろ)
(なるほど、流石 白子さん。てか何で兄貴まで驚いてんだよ。ふられたって始めに言い出したのは兄貴だろ)
(馬鹿っ、あれは場の空気を和ませようとだな…)
(結果、逆に場をかき乱したけどな)


三人で視線を通じて会話する。宙太郎はその間に大分落ち着きを取り戻し、袖で涙を拭った。少々パニック状態に陥りかけている三人にポツリポツリと話し始める。


「この前、友達を家に誘おうとしたんス。でも拒否されたっス…嫌われたっス、もう一週間も会えてないっス!」

「宙太郎が家に誘っただけで怒ったのか?」

「無理やり連れて行こうとしたら私は歩けないからって。それから湖に飛び込んで顔も見せてくれないっス」

「え、それ溺死じゃ…」


歩けない→足がないor足の病気→湖に飛び込む→足が動かない→泳げない→溺死
この考えが一般的な考えで、三人の頭の中にも必然的にその考えが思い浮かんだ。しかし町でも行方不明者は出ていない。消えたのは一週間前、何の報告もないのは可笑しい。


「違うっス。ななしさんは人魚なんスよ」

「…宙太郎、熱は?」

「ないっスよ。
ななしさんとはずっと前に琵琶湖の側で会ったんス。少し寂しそうに歌を歌ってて、その歌が綺麗だったからオイラ声をかけたんス。ななしさん、ありがとうって笑ってくれて…町の話がとても好きな人だから…だからオイラ、毎日ななしさんのところに行って話をしてあげたんス」


初めて見る切なげな弟の表情に兄達も作り話でも熱が出たわけでもないと理解した。宙太郎の話している事は全て真実で、そのななしという女の事で思いつめているのだと瞬時に悟る。


「それで一週間前、もっとななしさんと一緒にいたくてご飯を一緒に食べようって誘ったんス。少し腕を引っ張ってみたら湖から足があがって…」

「魚の尾だったのか」

「あい…オイラ驚いて、ななしさんが湖に消えるまで何も云えなかったっス。ななしさん、凄い悲しそうな顔で…町は危険で眩しすぎるからって」

「…そうか、人魚伝説か」


天火がふと漏らした言葉に空丸と宙太郎は首を傾げる。白子は成る程と合点がいったように頷いた。


「天兄!教えて、ななしさんが町に行けない事と何か関係あるんスか⁉︎」

「多分な。ななしってのは人魚だろ?昔から人魚の血を飲めば万病が治り、人魚の肉を食べれば不死になるって云われてんだ」

「お伽話の中ではその噂が原因で人魚が欲に溺れた人間に殺される描写もある。ななしさんも昔、何かされたんじゃないかな。
町には憧れるけど人がいるから怖い。だから町は危険で眩しすぎるって云ったんじゃないか?」

「なら…もうオイラには会ってくれないんスか?」


再び泣き出しそうな宙太郎の頭にポンっと手が置かれる。母親的存在、次男の手だ。


「早く行ってこい。人魚だってバレるまでななしさんって人は宙太郎の側に居てくれたんだろ?ならすぐに気持ちを伝えてこい。きっと分かってくれる、お前なら大丈夫だ」

「空兄…あいっ!行ってくるっス!」


強い決意が宙太郎の瞳に宿る。宙太郎はやるときはやる子。もう大丈夫だろうとそれぞれ解散した空丸と白子は天火の異変に気付く。

白子の箪笥から女物の着物を取り出したり物置から車椅子を取り出したり。ガサゴソと動き回っている。色々取り出して、それを車椅子へ乗せると外へ出て行こうとしたので二人は天火の肩を掴んで引き止めた。


「どこ行くんだよ」

「そのななしって人魚の迎え」

「まさか、連れてくるつもりか?」

「宙太郎の客だろ?足が隠れる丈の着物と車椅子。これがあれば何とかなんだろ。空丸、今夜は客の分の飯も宜しくな!」

「兄貴、なに勝手に」

「待て、天火」

「白子さん…」


そうです、ガツンと云ってやって下さい。そのななしさんが来るとも云っていないのに迎えの準備なんて早すぎるって。
そんな空丸の思いは早くも打ち砕かれる。


「俺も行く、お前だけじゃ不安だ。あと羽織も持っていこう。空丸 ごめん、後は任せるよ。材料は買ってあるから」


颯爽と琵琶湖へ向かって走っていった兄達。空丸の気のせいでなければ、その後ろ姿は嬉々としている。彼は思った、迎えに行くのは建て前で本音は人魚を早く見たいだけなのだと。天火は言わずもがな、白子もああ見えて好奇心が強いのだ。
一人残された空丸は包丁をまな板に叩きつけるように具材を切りながら一心不乱に調理を行った。


(別に置いてかれて拗ねてるとか……断じて違う)
 

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