いのち 内容

□よっつ
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「…………夜鷹様、お心確かに」






父の側近が、息を荒げる私に静かに声をかける。

返り血で汚れた私の目の前には、瀕死の鬼が伏していた。

鬼初の儀は、次期当主が鬼を倒すところから始まる。

私もまた、初めて鬼に触れ、鬼を倒したところだった。

もう一度大きく息を吐いて、側近に向き直る。






「…………大丈夫だ」

「それでは、こちらに。これより先は夜鷹様のお心の持ちようです」






側近にいざなわれてゆくと、そこに置かれた高坏にはにはお付きの者が取り出した鬼の心臓が据えられていた。

心臓はどくどくと脈打ち、まだ鬼が生きていることを示している。

高坏の前に座し目を閉じると後ろから鉢巻が当てられ、視界を隠す。

視界を暗闇で埋め、精神を集中させることで、己の中で叫ぶ鬼と向き合うとか。

手を伸ばすと、ぬるりとした暖かいものに触れた。






(これが鬼の心臓、)






両手で持ち上げ、口に運び、飲みこむ。

ぬらりとした感触がのどを通り、やがて形容のし難いどこかに落ちた。



それは、腑の底のような、心の中のような。








「……………………う、あっ」







自らの体に鬼が埋め込まれたと感じた瞬間、湧き上がるような、頭を割らんばかりの叫喚に支配された。


人にはわからぬ、鬼の叫び。


その中に滾る怨みや憎しみ、生への執着。

鬼が私の精神を燃やし尽くそうと私の中でもがく。

絶え間なく押し寄せる感情の濁流に、ただうずくまり生理的な涙を流すことしかできずにいた。



夜が明けるまで、私は立ち上がることもままならなかった。



















頭が痛い、暗い、恐ろしい!






誰もいない私室で、私はうずくまっていた。

荒くなる息を押さえつけて、苦し紛れに自らの髪の毛を掴む。

鬼は今も、私の心をさいなみ続けている。

初めよりはだいぶ慣れたが、いまだに気を抜くと精神を持って行かれそうになる。

よく四六時中こんなにも騒ぎ立てるものだ、と呆れつつ、それがなぜなのかははっきりとわかる。







「おまえ、そんなに生きたいのか……」






ざり、と畳に爪を立て、呟いた。

鬼の様が思いのほか人間じみていて、いっそ笑えてくる。

なぜか共感さえしてしまう。



だが。







「……ふ、ふ。やらんぞ、私の肉体は。お前になど、やるものか」







そう言って無理やり口角を上げ、腹の中に巣食うそいつに語り掛けた。

人間だって生への執着は、鬼に負けていないのだ。









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