いのち 内容

□よっつ
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「立て夜鷹。立たねば死ぬぞ」





磨き上げられた床に倒れる私に、父が静かに言う。

節々が悲鳴を上げる体を何とか動かし、身を起こした。

私が起きたことを確認し、父はうなずく。





「今一度、よろしくお願いします」





頭を下げて、構える。

息が落ち着き、間を見てすり足で父の腹部に手刀を打ち込む。

が受け流され腕を打たれた。





「遅い、動きが単純に過ぎる。呼吸を悟られるな」






つぶやくように父が言う注意にはいと答え、また構える。

左足に重心をかけると、すでにできたあざが痛む。



稽古は、毎日朝から夜半まで続いていた。

















私が忌月家の一人娘として生を受けたのは、父・貊来(ばくらい)が齢三十一の頃だった。

私を産むと同時に母は亡くなり、それ以来父と忌月に使える者たちの中で生きてきた。

代二十四代目の当主となるべく、厳しく育てられたのだ。


体術、気の制御、学問。


幼いころからありとあらゆるものを叩きこまれれば、子供らしくない子供が出来上がる。

私も、妙に肝の据わった子供に育った。



代々国主の汚れ仕事と、国に脅威をもたらす鬼を排除するために鬼の力を得た忌月。

子供ながらに、自分もいずれこの国の歴史の闇に埋まるのだろうと悟っていた。















「行ってらっしゃいませ」





使用人が、側近を引きつれ門を出てゆく父に頭を下げる。

だまってそれに会釈して公務に行った父の後ろ姿を眺め、
私は実の父親に恐怖を抱いていることに気付いた。

父はただ物静かで、あまり多くを語らない人だ。

しかし家付きの教育係に聞いた父の話は、その物静かな印象とはかけ離れていた。






父の前の代、つまり私の祖父が当主の頃。

祖父は子供が一人いたが魔力の才に恵まれず、
いずれ鬼道を修めるには適さないと他家に養子に出された。

そのかわりに養子として迎えられたのが、孤児で並外れた魔力を持っていた父である。

新しい名を与えられ鍛えられた父は、じきに歴代の中でも群を抜いた才能を発揮する。

先代が死に、父が当主の座に着いた頃には、すでに父は三体の鬼を喰らっていた。

過去に例を見ないこの偉業に、忌月に関わるものは皆、畏怖をこめて父を「鬼神」と呼ぶ。



側近から漏れ聞いた話によれば、鬼と同化した父の姿はまさに異形。

腕を振るうその姿に、ただただ震え立ちすくむことしかできないとか。

普段父の静かな姿しか目にしない私は頭の中であれこれと父の鬼と化した姿を思い浮かべ、
自分の想像の姿にいつのまにか恐怖さえ覚えていたのだった。









私が十五になった年。

ある日父の側近に大切な話がある、と言われ彼の私室に行った。

薄暗い部屋と側近の表情に、気を引き締められる。






「長月の忌日に、当代が鬼になられます。夜鷹様も、準備を進められますよう」

「長月?しかし父上はまだ四十六だぞ」

「確かに先代よりはいくらか早いですが、不思議なことではありますまい。
なにせ当代は鬼を三体喰らったお方。鬼となるのが早くなるのも当然のことかと」






側近の表情は硬く、動じている様子はなかった。






「四日後の明朝、北の山にて夜鷹様の鬼初(おにはじめ)の儀を行います。
それまでにより一層の鍛練と、お心の準備を」

「…………分かった」







立ち上がり、障子を開けようとする私の背に、「もう一つ」と側近の声がかかる。





「伝え聞いているとは思いますが、当代は並外れた力を持っておられる。
代替わりの儀の際は、気を抜かれぬよう。
おそらく、夜鷹様にとって苦しい儀となりましょう」

「…………覚えておこう」












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