いのち 内容
□いつつ
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「本日より当代は来たる日に備え、離れにお籠りになられました。恐らく4日後、代替わりの儀が執り行われます」
「……そうか。下がっていいぞ」
パタン、と障子が閉まり、衣擦れの音が次第に遠ざかってゆく。
やがて完全な静寂に戻ると、私は溜め息をついてくしゃりと髪を掴んだ。
父が籠り始めたというのは、すでに父が鬼になりかけていることを意味する。
人でないものに、我が実の父が成ろうとしているのだ。
(………………あと4日)
代替わりの儀とは、鬼となった先代を新しい当主がその手で殺す儀式だ。
父上のことは特別好きなわけではないが、畏怖と尊敬に値する人だと思っている。
いくら心を殺そうと、やはり気持ちの良いものではない。
「…………いや。やらなければ、ならないんだ」
それが一族のさだめであり、また父の為でもあるのだから。
そうだろう?と鬼に投げ掛け少し笑うと、手拭いをもって立ち上がり、道場へと向かった。
私が相対するのは歴代に名を残す男だ。
抜かっている場合ではない。
3日後の夜。
いよいよ明日か。と考えながら床についた頃。
突然物が破壊されるような轟音がして目を覚ました。
何事かと外に出てみると、慌ただしげに父の側近が駆け寄ってくる。
明かりに照らされたその顔は死人のように青ざめていた。
「夜鷹様!」
「何の騒ぎだ、これは」
「とうだ……貊来様が、完全に鬼になられました!」
「……………………え」
おかしい。聞いた話では、父が鬼になるのは明日ではなかったのか。
「鬼を三体も身の内に入れられた影響が予定を早めたのでしょう。しかしそれ以上に、歴代随一の力を持たれる貊来様が制御を失い……」
側近の言葉を引き裂くように、化け物の雄叫びと人の悲鳴が響く。
声のした方を向いて一瞬呆然としてしまう。
が、すぐに正気に戻ると側近に向き直った。
「忌月の宝刀は」
「こちらに」
差し出された刀を握り、駆け出す。
私がことを終わらせなければならない。
父が鬼となった今、当主たる私がやらなければいけないのだ。
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