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□楼閣・九瓏ノ主屋 其の二 泉 奏
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ここは廓の中にある楼閣、九瓏ノ主屋
その中で、今までで一番の美人と評する傾城がいた

青い着物に物静かな佇まい
誰彼と寄せ付けぬその気迫は、今までのどの傾城とも違って男を虜にした

見た目通りだという事で、見世でもその名が付けられていた
彼の名は泉

そんな美しい彼の物語―――――





彼と初めて会ったのは晴天の春の日
楼閣、九瓏ノ主屋の中庭
1本の枝垂桜の下

まるで今日の空と一緒な色の着物を纏った彼は、そのままでは空と一体になり、溶けてしまいそうな程、儚く美しかった

弱い風に桜の花びらが釣られて舞い散る
その1枚が彼の唇を掠めた
そんな事ある訳ないのに、桜の色が移り、ほんのりと薄紅色に染まった様に見えた


ただそれだけなのに・・・
見てはいけない物を見てしまったかのように、狼狽えてしまう


「パク!!言いつけたことは終わったのですか!?」


突然後ろから怒鳴られた
慌てて振り向くと、廊下の先で楼主が立っている


「あ・・・ハイ」

「終わったのですね?それでは、見世が開くまで気を引き締めて頼みますよ」

「・・・ハイ」


楼主がその場から去り、急いで桜の木を振り返る
散り行く桜を残し、彼の姿は無かった





僕がこの楼閣に来て1週間
今日が仕事始めだ
まだ分からない事だらけだけど・・・

建物や道具の修繕と見世の用心棒が僕の仕事だ
楼主から言われた通り、頑張らないと見世から出されてしまう
ここは今まで働いたどの場所より良かった


酒と色事
そんな日常で、僕の出番は多かった
今日も見世が始まった途端に揉め事だ

急いで駆け付けると、殴り合いの喧嘩が始まっていた
客の合間を縫って、その場に近づく


「コイツの倍の額払うって言ってんだろ!?」

「何言ってやがる!!今日は俺が買ってんだよ!!一昨日来やがれってんだ!」

「なんだと!テメェ・・・」


ようやく客をかき分け、殴りかかろうとする男を後ろから羽交い絞めにした
見世の軒先で、醜い争いだ
相手も、連れ立った友人に押さえつけられていたが、互いに相当頭に血が上っている様子だ

このまま郭の外まで連れ出してしまおう・・・
そう思った時、周りがざわつき始めた


みんなの視線の先
現れたのは桜の下でみた彼だった
一瞬にして空気が変わり、静まり返る
建物の玄関ギリギリまで来ると、二人を見下ろした



「決まり事を守れないようでしたら、金輪際私の元へは出入りしないで下さい」



綺麗な顔から出る優しい声と冷たい言葉
みんなが飲む息の音まで聞こえそうだ





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