コンユ中編
□宝箱にはお城とあなた
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その日はいつも通りの1日だった。
朝起きてロードワークに行って、溜まった書類にサインをして、それから、コンラッドに野球の練習に付き合ってもらって。
久々にキャッチボールをしたのに、コンラッドの体は全く鈍ってないどころか球の制度は上がっていた。おれの特訓のおかげかな?なんて鼻高々にボールを返して、仕事が終わったのに「陛下」なんて呼ぶのにちょっと拗ねて、
それから、好きだと言った。
「どういうことなんだユーリ!」
珍しく静かだった朝の血盟城に、ヴォルフラムの声が響いた。
「ど、どういうことって何がだよ」
「そうですよヴォルフラム!だいたい陛下は今お仕事中です。後にしなさい」
「これが後になどしていられるか!お前、コンラートと何が……」
「ああああヴォルフラム!その事はしばらく様子を見ようと決めたではありませんか!それをすっかりポン!と忘れてしまったのですか!?」
言い合いを始めてしまったヴォルフラムとギュンターの間でオロオロしながら、こんな時コンラッドがいてくれたらと思う自分に少し落ち込む。
俺が告白をした日から、コンラッドはおれを避け始めた。もちろん仕事はしっかりこなすし、朝のロードワークも付き合ってくれるけど……そこには今までに無かった隔たりが、確かにできてしまった。
あの日、コンラッドはおれに考える時間が欲しいと言った。だからおれはコンラッドが結果を出してくれるまで信じて待つしかない。その「考える」過程に距離を置くことが必要なら、おれからその距離を縮めるべきではない。
「……から、ユーリ……おいユーリ!聞いているのか!?」
「あ、ごめんヴォルフラム、何?」
「だから、コンラートと何かあったのかと聞いているんだ!」
うっ……いきなりマズイな……ギュンターはすっかり丸め込まれちゃったみたいだし、どうにか誤魔化してこの場を切り抜けなくちゃ……
「な、何って、いいい、いつも通りだろ!なんにもねーよ、なーんにもっ!」
よしっ、完璧だ、おれ!
朝の誤魔化しは完璧じゃなかったらしく、おれはヴォルフラムに一日中ついて回られるハメになった。
朝はまだ良かったものの、昼ごろに「僕にも言えないような事情なのか……?」と深刻そうな顔で言ってからはより一層、トイレにまでくっついてきたくらいだ。
別にヴォルフラムに言えない事情って訳じゃないけど、今まで「男同士で婚約なんて変だ!」って散々言ってきたおれとしては、どんな顔をして打ち明ければいいか分からない。男が好きな訳じゃない。コンラッドだから好きなんだ。
「ユーリ!今日は僕も一緒に寝るぞ!」
勢い良く開けられたドアの前にはヴォルフラムの姿があって、いつも通りおれの了解を取らずに部屋に入ってきた。
「こうしてずっと一緒にいれば、お前もいつか話したくなるはずだ!」
そうしてベッドに入るヴォルフラムを見て、心配されてるんだな、おれ。なんて少し嬉しく思った。イビキと酷い寝相は直してほしいけど。
「陛下、起きて。朝ですよ」
「んー、あと5分……」
「ダメです。今日もロードワークに行くんでしょ?」
そう言ってコンラッドはいつも通り俺を起こして……いつも通り?
「お、お、おはようコンラッド!」
「おはようございます陛下」
そうだ、いつも通りだ!近頃感じていた距離が無い!
「コンラッド!早くロードワーク行こうぜ!」
「その前にちゃんと着替えてくださいね」
そう優しく言って、コンラッドは部屋から出て行った。やっぱり、いつもの優しいコンラッドだ!
好きな人に優しくされれば嬉しいし、距離を取られたら悲しい。そんなの誰だって同じだろうけど、それでも、今日のおれは絶好調だ!鼻歌まじりに着替えを終えて、小走りにロードワークに向かった。
「つ、疲れた……お前はほんとに息すら上がらないよな……」
いつも通りロードワークを終えても、今日は城内に人は少なかった。浮かれて早く着替えたからかな……ていうか、浮かれてるのコンラッドにバレたらすげー恥ずかしい!おれ、考えがすぐ顔に出るって言われるし、もしかしたらもうバレてるかな!?
そーっとコンラッドの様子を伺うとバッチリ目があった。何でこっち見てるんだよ!
「あはは、相変わらずすごいなコンラッド!息も上がってないじゃん!」
「あの、陛下」
「陛下って呼ぶなよ名付け親ぁ」
「いえ、今日は陛下と呼ばせて頂きます」
「……え?」
「やっぱり、俺は貴方には相応しくない。この国には身分も高く美しい女性が何人もいるし、それにヴォルフラムだって……」
何だよそれ、何だよそれ!コンラッドはおれが誰でもよくて告白したと思ってんの?そんな訳ねーじゃん!身分とか性別とか、考えてたらあんたを選ばない。考えられないくらい好きなんだ!
「ヴォルフとか女の子とか、関係ないだろ!おれはコンラッドがいい。コンラッドだから好きなんだ!」
伝えたいことはもっと沢山あったけど、それ以上喋ったら泣きそうな気がした。泣いて、守ってもらう弱い俺じゃ駄目だ。少しでもコンラッドの近くにいられる、隣に並べるおれを、コンラッドには好きになってほしいから。
「貴方は、本当に俺が好きなんですか?」
「だからそう言ってるだろ!」
「年上への憧れとか、そういう類ではなく……その、本当に?」
「……おれはさ、コンラッドとキャッチボールするのが好きだよ。コンラッドと話すのも好きだし、優しくされるのも好きだ。あ、ネタ披露されるのはちょっと遠慮するけど……でも、それだってコンラッドの一部だ。そういうのも引っくるめて、おれはコンラッドの全部が好きだ。ずっとコンラッドの近くにいたい。それじゃ告白の理由にならないかな?」
「恋人なんかにならなくても、俺は一生貴方のおそばにいますよ」
「それじゃ駄目だ!おれはコンラッドの特別がほしいんだ!」
なんだかすごく恥ずかしいことを言ってる気分になってきた。あー、恥ずかしい、おれってば恥ずかしい!砂熊の穴があったら落ちて埋まりたい!
「……そんなものでいいんですか?」
「へ?」
「俺の特別なんて、とっくの昔に貴方のものですよ。言ったでしょう?手でも胸でも命でも貴方に捧げると。心だって、とっくに貴方に捧げてます」
そう言って抱きしめたコンラッドの腕が温かくて、あー、砂熊はやっぱりキャンセルだな……穴になんて埋まらなくても、おれの恥ずかしい顔はコンラッドが隠してくれる。
「あのさ、コンラッド……えっと、その、それって、コンラッドもおれのこと好きってことで……いいのかな?」
「もちろん。好きだよ、ユーリ」
くさい!くさいよコンラッド!でもそんなくさい台詞が似合って見えるのは、恋は盲目ってやつなのか何なのか。まあ、それは今度また考えればいいや。
「ユーリー!どこだユーリ!」
「どうしたのですかヴォルフラム、朝から騒々しい」
「ユーリがいないんだ!普段ならこの時間にはロードワークも終わって部屋に帰って来ているというのに!」
「なんですって!?というかヴォルフラム、婚礼前の二人が寝所を共にするなどと……」
部屋に戻ると、ヴォルフラムとギュンターが相変わらずの言い争いをしていた。早く出て行くべきなんだろうけど、遅れた理由を聞かれたら色々困る。何とかいい言い訳を考えないと……。
「ユーリ、ここは俺に任せて」
「任せてって……大丈夫なのかよコンラッド!」
おれの問いかけには答えず、コンラッドは2人のいる部屋に入っていった。
「あ、コンラート!陛下を見ませんでしたか?」
「コンラート、まさかお前ユーリに何かしたんじゃ……」
「いやあまさか。俺が陛下に何かするなんて、そんなはずがアラスカ」
部屋の温度がイッキに下った。おれは近くに居なかったからそこまでの被害を受けなかったけれど、不意打ちで直撃を受けたヴォルフラムとギュンターはその場に倒れこんでいる。
「ヴォルフー!ギュンター!おいコンラッド!なにもこんなに酷いことしなくてもいいじゃないか!」
「いや、俺はただ場を和ませようと……」
「ヴォルフ……ハッ、冷たい……!誰かギーゼラ!ギーゼラ呼んで!」
今日も血盟城は騒がしい。騒がしいからこそいつも通りだ。その騒がしさが、いつまでもおれの宝物なんだ。