コンユ中編

□雪合戦とチョコとタコ
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流されてみると、そこは極寒だった。

「寒い!寒すぎる!何これ、雪!?」

「ユーリー!」

「あ、ヴォルフ!なんだよこれ、すっごい寒いんだけど」

眞王廟の噴水には薄く氷が張っていて、周りを見渡すと地面が真っ白に染まっている。

「昨日は大雪だったんだよ、渋谷」

俺より一足先にこっちに来ていた村田が、ヴォルフラムの後ろからタオルとコートを渡してくれた。

「眞魔国に雪が降るなんて珍しいんだぞ!それなのにお前は……勉強について行けなくて説教を食らっていただと!?」

そう、何故村田が俺よりも先に眞魔国に来ていたかというと、放課後に眞魔国に行こうと思っていた矢先、俺だけ先生につかまってお説教を受けていたからだった。

「わ、悪いと思ってるよ。今回の定期テスト、ちょっと……いや、けっこう……出来が悪くてさ」

「今回のじゃなくて今回もだろう?渋谷は僕がいくら忠告してもちーっとも聞かないんだから」

「うう……反省してるよ。ところで、コンラッドは?」

「ウェラー卿は準備で忙しいんだ!」

「準備?準備ってなんの?」

また何か、魔王が必要な行事とかがあるのかな……それなら俺も、早く血盟城に向かったほうが……

「もちろん、バレンタインのだよ、渋谷」


どうやらこっちの世界にはバレンタインなるものは無いらしい。つまり、今回の企画は村田の入れ知恵、完全にジャパニーズバレンタインって訳だ。
それにしたって、これはちょっと曲がった方向に伝わりすぎなんじゃ……。

「第一回!魔王陛下のチョコは俺のものだ!バレンタイン特別決闘企画を始めます!」

「どういうことなんだああああ!」

マイクを握って意気揚々と司会にいそしむ村田の腕を引いて叫ぶ。

「いやあ、僕は日本のバレンタインの現状を正しく伝えたつもりだよ。そしたらこんなことに……」

「どう伝えたんだ!」

「好きな子の本命チョコを、男みんなで取り合う日って」

それじゃあ確かに決闘になりかねない……ていうか好きな子って俺かよ!

「じゃあ、僕もちょっくら行ってくるよ」

「お前も参加すんのかよ!」

「もちろん!例え渋谷からとはいえ、勝てば本命チョコがもらえるんだよ!そりゃ参加するでしょ、男として!」

はあ……ところで決闘って、どうやって?


調度良く雪が積もってるし、雪合戦で勝負するのはどうだい?

そう提案したのはまたしても村田だった。
賞品は俺からのチョコと、俺が何でも一つ言うことを聞く権利。それを聞いて嬉々として出場を決めたヴォルフとギュンター。

恐ろしい……雪のせいか寒気がする。

最初からあまり乗り気でなかったコンラッドとグウェンには、俺がなんとか頼み込んで出てもらうことにした。だってこの2人の願い事は無害そうだし!

「渋谷、フォンヴォルテール卿はともかく、ウェラー卿を誘うなんて……」

「なんでだよ。コンラッドが一番無害だろ。ていうか、コンラッドの頼みって聞いたことないし、ちょっと楽しみかも」

そう言うと村田に盛大なため息をつかれた。何だっていうんだよ!


剣と魔術の使用は不可。雪が当たったらそこで退場。他にルールは無し!とりあえず、最後まで雪が当たらずに生き残った人が優勝って訳だ。

「僕はユーリの婚約者だぞ!僕が優勝に決まっている!」

「陛下への愛ならば私の右に出る者はおりません!」

頼んでもいない決意表明をしながらヴォルフとギュンターが位置についた。その後ろには村田、コンラッド、グウェンと続く。
審判はヨザックとグレタ。ところでグレタは俺にチョコくれないのかな?まさか、他に渡したい男がいたりして……!

そんな俺の心配は、雪合戦の開始を伝える銃声にかき消された。

最初に動いたのはヴォルフだった。まだ玉にもなっていない雪を、手当り次第投げてゆく。しかしさすがは眞魔国の精鋭たち。グウェンもギュンターもコンラッドも器用にかわしている。

「ていうか、あれ?村田は?」

「僕は頭脳労働派だからー!」

と、村田が木の影から顔を出した。確かに正攻法でみんなに勝つのは、村田には難しそうだ。

「避けるばかりではなく、攻めてきたらどうなんだ!」

相変わらず雪を投げ続けているヴォルフが叫ぶ。

「こっちはお前と違って歳なんでね。安易な体力消費は危険なんだよ」

ヴォルフの雪玉を軽く避けながらコンラッドが言った。いや、あんた絶対余裕あるだろ。

「フォンヴォルテール卿、ちょっと」

次に動いたのは村田だった。他の人にバレないように、こっそりグウェンを呼びつける。

「見てよこれ、可愛いだろ」

「こ、これは……なんと可愛らしい……」

「雪うさぎっていうんだ」

村田は後ろ手に雪玉を隠しながらグウェンに近づく。そして、それを投げるのではなく、そっと押し付けた。なるほど、グウェンは敵意に敏感だから、あえて投げなかったのか。

俺の本命のうちの一人、グウェンが失格になった今、俺はコンラッドを応援するしかない。頑張れコンラッド!俺の未来はあんたにかかってるんだ!

「フォンクライスト卿」

ハツラツな笑みを浮かべて、村田は今度はギュンターを呼んだ。しかし、同じ手はくわないと思っているのか、ギュンターも少し身を固くしている。

「フォンクライスト卿、これ、何だと思う?」

「はて?私には何がなんだか……」

「渋谷の小さい頃の写真」

「何でお前がそんなもん持ってんだよ!」

思わず立ち上がってしまった。しかもあれ、お袋の趣味でフリフリの服着てるやつじゃんか!

「あ、ああ陛下……麗しい……」

そこでギュンターは汁をまき散らしながら倒れた。もはや戦闘不能だろう。

それにしても、うちの精鋭たちはこんなに簡単にやられちゃって大丈夫なのか?王様としてちょっと心配なんだけど……。

「いい加減にしたらどうだウェラー卿!さっきから逃げてばかりで恥ずかしくないのか!」

ヴォルフは相変わらず雪を投げ続けている。それにしても体力あるなー、あいつ。

「フォンビーレフェルト卿」

「何だ大賢者!僕は兄上やギュンターのような手にはかからないぞ!」

「いやあ、僕は君を倒そうなんて思ってないよ。どうだい、ここは一時同盟を組まないか?」

「同盟?」

雪を投げていたヴォルフの手が止まった。コンラッドはまだ余裕綽々という顔で木の影まで移動する。

「そう。ウェラー卿は魔術が使えない分、身のこなしは国一番だろう?だから、一度協力してウェラー卿を倒したあとでゆっくり決着をつけようじゃないか」

ヴォルフは村田の提案に少し考える素振りを見せたが、すぐに「良いだろう」と笑った。

2人はコンラッドのいる木の影にじりじりと滲みよる。

「ウェラー卿、降参してもいいんだぞ?」

「陛下の前で降参は遠慮しておくよ、いいところを見せたいからな」

その言葉が火をつけたのか、ヴォルフはすっかり闘志をむき出しにしている。

「陛下、確認なんですが、相手に雪をつければ勝ちなんですよね?」

「うん!それでオッケー!ていうか、陛下って呼ぶなよ名付け親……」

少しだけ拗ねてみたけれど、遠くにいるコンラッドにはもちろん聞こえてない。

コンラッドは一瞬だけ俺を気にするような素振りを見せたあと、目の前の木を思いっきり蹴った。すると木に積もっていた雪が落ちてきて、ヴォルフと村田はあっという間に雪まみれになる。

ってことは……

「優勝はコンラートー!」

俺の愛娘が元気いっぱいに叫んだ。


「それで、あんたの頼みは何?」

コンラッドにチョコを渡すと、想像した以上に嬉しそうに笑うので照れくさくなった。

「本当に、何でも聞いて下さるんですか?」

「もちろん!男に二言はない!」

と、自信満々に言ってみる。
コンラッドから頼み事をされるなんて初めてだ。どんなことを頼まれるか、実は楽しみだったりする。

「それじゃあユーリ、これからも俺のことをお側に置いてください」

「それだけ?欲がないなー」

「いえ、欲にまみれてますよ」

コンラッドはいつも通り笑った。あーあ、また今日も言えなかった。

実はそのチョコ、あんたのために用意したんだよ。

そこまで出かかったその言葉を飲み込んで、俺は血盟城の廊下を歩く。

「そういえばユーリ、バレンタインは好きな人チョコを贈る行事なんですよね?」

「うん、そうだよ」

「それじゃあ、地球に誰か渡したい人がいたんじゃないですか?」

何だよ……何でそんなこと聞くんだよ。

俺は不機嫌になって、少しだけ歩幅を広くする。そんなことしてもコンラッドのが背が高いから意味がないんだけど、気分だ、気分!

「別に!そのチョコだってあんたのために用意したんだし!」

「……え?」

口に出してから、とんでもないことを言ってしまった事に気づいた。

「ユーリ、それ本当ですか?」

「あ、いや、えっと、その……うん」

ええい、認めてしまえ!

思い切って頷いたけれど、すぐに後悔した。顔が熱い。

コンラッドは何も言わない。何だよ、何か言えよ!そう思って顔を上げたら、コンラッドは俺よりもっと赤い顔をしていた。

あのさ、俺たち、両思いだったみたいだね。

今度は言ってやらない。あんたの番だ。寒い雪の日に茹でダコみたいに顔を赤くした2人。あんたと俺。どっちが先に言うかを待ってる。


「好きだよ」

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