コンユ中編

□太陽に焦がれる
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弟が剣の稽古をつけてくれと言い出したのは、昨日のことだった。

素直じゃないけど可愛い弟の頼みとあって、上機嫌で剣の手入れをしていたところに、さらに嬉しい知らせが舞い込んだ。

魔王陛下が、明日の夕刻頃お帰りになるらしい。

アヒル隊長が今日も部屋の一番いい位置で微笑んでいる。



魔王陛下ご帰還の知らせに、城は朝から活気づいていた。みんな陛下のことが好きで方ないのだ。弟ももちろん例外ではなく、どこか柔らかい表情を見せている。

「これから剣の稽古をつけるっていうのに、そんなに緩んだ顔をしていて大丈夫か?」

「お前のがよっぽど腑抜けた顔をしている!」

普段よりどことなく刺の少ない言葉を浴びせて、ヴォルフラムは俺から程よい距離を保った場所に立った。

剣を抜いて、勢い良く走る。太刀筋は悪くない。

「肩に力が入りすぎだ」

弟の剣を軽く受け流しながら、アドバイスをしてゆく。最後にヴォルフラムに剣の稽古をつけたのはいつだったか。お互いにまだ未熟で小さい頃だった気がする。

「動きが固いぞ!」

その頃に比べて、弟は随分と成長した。一心に剣を振る今の姿は男らしく格好良い。

「おいコンラート!何を考えている、集中しろ!」

あとは、昔よりも他人をよく見ている。
弟に受けたお叱りを胸に刻みながら、俺は柄を持つ手に力を入れた。



「お二人とも少し休憩になさっては?魔王陛下ご帰還のお知らせを受けて、グレタ姫とクッキーを焼いたんです」

エーフェがそう声をかけてくれたのは、随分と太陽が高いところまで登った頃だった。

おそらく何度か心配そうに廊下を通った兄が声をかけるように言ったのだろう。

グウェンダルとヴォルフラムは、素直じゃないところが似ているな。

何気なくそう思いながら、エーフェが案内してくれたテラスへと向かう。

今日は陽射しが暖かい。目を細めて太陽を見上げた。

ユーリが帰ってくる。

それだけのことで、全てが特別に感じる。

「美味いぞ、グレタ。将来はパティシエになれるな」

ヴォルフラムがクッキーを食べながらグレタの頭を撫でている。

俺もクッキーをひとつ口に入れて「美味しい」と感想を言いながら、すっかりお父さんの顔をしている弟を見つめた。

彼は、ユーリの婚約者に相応しい。

心からそう思う。



グレタが「ユーリのためにもっとクッキー焼かないと!」と立ち去ったあと、ヴォルフラムが真面目な顔で口を開いた。

「ユーリはすごいな」

この城を、国を、こんなにも変えてしまう。誰もが彼を慕っている。もちろん、自分も例外ではない。

弟の言いたいことは手に取るようにわかった。俺もその変化を感じている一人だから。

美しい横顔。金髪が太陽に光る。

ユーリは俺とヴォルフラムのことを「似てないようで似ている兄弟」と言うけれど、俺には全く、どこが似ているのかわからない。

きっとそう言ったら彼は「そういう所も似てる」と笑うだろうけれど。

「陛下が亡くなったら、この国はどうなるんだろうな」

口をついた言葉はあまりに物騒で、自分らしくない。

「お前はユーリがいなくては生きて行けないだろう」

「それはお前もだろう」

「ぼくはユーリがいなくても生きて行ける」

美しい顔と、美しい姿勢を保って。

「ただ、ユーリが死ぬならぼくが死ぬ」

俺には全然似ていない、魔王陛下の婚約者。



「ただいま、コンラッド」

「お帰りなさい、陛下」

タオルと引き換えに「陛下って言うなよ」という言葉を投げかけて、彼は歩き出す。自分の国へ。王の帰りを待つ民のもとへ。

きっと、彼を抱きしめたいと思った日から、俺は彼の親でも、良き理解者でも何でもない。

だけど、せめて信頼のおける臣下でありたいから。だから、黙っていると決めた。

穏やかな幸せと、少しの胸の痛みを抱えながら、国へ向かうあなたの後ろを歩く。

「ユーリが死ぬならぼくが死ぬ」

俺だってそう思っている。彼はこの国にとって、なくてはならない人だ。

だけど、本当は国なんてどうだっていいんじゃないか?彼が居なくなったら俺が生きて行けないから、俺は俺のエゴのために彼を護るんじゃないか?

頭の中でそんな疑問が生まれてすぐに消えた。

そんなものどうだっていい。ユーリの側にいられるのならどうだって。

「なあ、コンラッド。おれがこの国に来て、もうどのくらい立つかな」

随分長い気がすると、彼は振り向かずに言った。

「おれはいい王様になれてるかな」

「もちろん。あなたは最高の王です」

本心からそう答えた。

「そっか。それなら、おれがいい王様なのはみんなのおかげだ」

今度は振り返って、優しく微笑んだ。

国を愛するあなたと、あなたを愛する国。

そして、あなたが好きな俺。

いつか伝えられるだろうか。

いつか、俺だって弟と同じくらいあなたに相応しいと言えるようになったら。

そしたら、自分の名前のついた花を両手いっぱいに抱えて言おう。


俺のすべてをあなたに。


手でも胸でも命でも、恋心でも差し上げます。

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