コンユ中編
□指先から独占欲
1ページ/3ページ
今年のクリスマスは今までで一番特別だ。
なんたって、今年おれには恋人がいる。
そりゃ今まではおれだってモテない族らしく、聖なる夜なんておれには無縁ですー!とか思ってたけど、やっぱり一度は祝ってみたいものだ、恋人のいる甘いクリスマス。
女の子みたいに小さくも可愛らしくもないけど、優しくて大好きなおれの恋人。
眞魔国にクリスマスってものがあるのかは知らないけど、アメリカに住んでいたなら彼だってそれくらいは知っているだろう。
それに、もうプレゼントだって用意した。
青いラインの入った指輪。
指輪なんてベタかも知れないと思ったし、買いに行くのもめちゃくちゃ恥ずかしかったけど、ひとつくらい欲しいだろ?
束縛の証。
本当はクリスマスに乗じておれがプレゼントしたいだけなんだ。
手のひらで小さな箱を転がしてみた。
眞魔国で指輪がどういう意味をもつのかは知らないけれど、おれとあんたにだけ伝わればいい。
おれのもの、おれのコンラッド。
ああ、なんて心地良い。
「渋谷、今回はやけに静かなんじゃない?」
村田がおれの家に来たのは祝日の夜だった。
渋谷家の晩御飯は今日も具材ゴロゴロカレー。うちではカレーはごちそうなんだよ。
「静かって?」
「いつもならそろそろスタツアしたいーって騒ぎ出す頃じゃないか」
「別に騒いだことなんて……」
ない、とは言いきれない。
おれだって王様として眞魔国のことが心配っていうか……いや、うちには優秀な臣下がたくさんいるから大丈夫だとは思ってるけどさ、グウェンダルやギュンターに任せっきりっていうのも悪いし。
それに、ほんの少し、すこーしだけコンラッドのことが気になる。
いつも護衛として一番近くにいるのに、少しの間離れるだけで恋しくなるなんておかしいのかな。
いや、それもこれもコンラッドがモテるのが悪い。あんなにカッコイイからこんなことになるんだ!
あれ?おれってば恋する乙女みたいだぞ?
女の子なら可愛いけれど、おれみたいな男が乙女思考だなんて気持ち悪いだけだ。
でも、コンラッドはこんな男のおれのどこが好きなんだろう。
聞いてみたらとびきり甘い笑顔で恥ずかしくなるようなことをたくさん言われそうだ。
「まぁ渋谷がそろそろウェラー卿離れしようって言うなら止めないけどさ」
「コンラッド離れ?」
そりゃ当分できなそうだ。
「別にする必要ないだろ、護衛なんだから」
「その護衛のためにクリスマスに合わせてスタツアしようなんて、渋谷ってばロマンチストなんだから」
ニヤニヤしながら村田が言った。そりゃ明日あたりスタツアしようとは思ってたけどさ、別にクリスマスに合わせた訳じゃないし、偶然だ偶然。
そうそう、指輪が防水のためのビニール袋に入ってるのも偶然、偶然だぞ!
「別にいいんじゃないの、恋人なんだから。恥ずかし気もなく聖なる夜を祝ったってさ」
「性なる夜なんてお兄ちゃんは許しませんよ!」
うわっ勝利!どこから出てきたんだ!
「普通にドアから入ってきただろう。ところで有利、お兄ちゃんは性なる夜なんて許しませんからね!それもあのいけ好かない次男坊となんて……絶対!ぜーったい!許しません!」
「やだなぁお友達のお兄さん、聖なる夜ですよ」
「どっちにしろ駄目だ!そんな夜にかこつけてあれやこれや……破廉恥なことをするつもりだろう!」
「そんなことしねぇよ!」
コンラッドはおれに触らない。
キスはするし眠れない夜は抱きしめてくれるけど、それ以上のことは何もしないのだ。
コンラッドが言うには「ユーリはまだ地球では未成年でしょう?俺はあなたに対して無責任なことはしたくない」らしいけど、それって地球歴であと四年も待てってこと?今はおれだってその先を望んだりしていないけれど、四年って考えるとなんだか気が遠くなる。
「ところでお友達のお兄さん、そろそろカレーできるんじゃないですか?」
「おお、そうだった。お袋にお前らを呼んでこいって言われたんだよ」
ていうかお前、今日もうちで飯食ってくつもりなのか……
勝利がそうぼやきながら階段を降りる。おれより先に部屋のドアをくぐった村田がこちらを振り返って
「ウェラー卿がなんて言ってるかは知らないけどさ、僕は、彼は怖がってるだけだと思うな。渋谷が押せばそりゃもう簡単に落ちるよ」
少し真面目に言うと、階段を駆け下りていった。
押すってどうやるんだよ……。
色々と考えてみたけれど、ヴォルフラムの態度しか思いつかなかった。確かに押してるけど何か違うぞ。
次の日は早く起きて、風呂に水を張った。いつも通りの手順だが、今日は少しだけ緊張する。
次に足を地面につける時は、目の前にコンラッドがいるんだ。
勝利が昨日変なことを言うから少しだけ意識してしまうけど、きっといつもと同じ、優しい顔で笑ってくれる。
だけど、おれはそれに、いつも通りに返せるだろうか。
「陛下あああああああ!お会いしとうございましたあああああああ!」
「わっ、汁!ギュンター汁がつくから!」
次に足を地面につける時には、優しい笑顔があるものだとばかり思っていたんだけど……
「遅いぞユーリ!またほしゅう?を受けていたのか!?」
「ちげーよ!これには琵琶湖よりもさらにふかーい訳がだな……」
そこにいたのは暴走気味の過保護な王佐と、80すぎのうるさい美少年。
それだけ。
「あのさ、コンラッドは?」
「コンラートは、今朝方城下で揉め事がありまして、小さい事件ですが一応収束に向かっております」
「ふーん」
気のないふりをして本当は残念、なんてさ、おれってばメンドクサイやつ。
「ふん、そんなことで落ち込むな。どうせ昼には帰ってくる」
「べ、別に落ち込んでねーよ」
「まぁユーリがどうしてもと言うなら、ぼくが城下まで連れて行ってやろう」
「何がどうしてそうなったんだよ」
呆れながらそう言いつつも、押せ押せなヴォルフラムには敵わない。
「いけませんヴォルフラム。まだ城下は安全ではありません。陛下をそんな所にお連れするなど……」
「あいつが向かったのならもう収束しているだろう」
ギュンターがそれ以上何も言わなかったところを見ると、本当に大きな事件ではないらしい。
おれも最近は王様としての自覚ってやつが出来てきて、安易にそんなところに行くのはいけないってわかってるんだけど……だけど、一秒でも早くコンラッドに会いたい。
「ユーリ!?」
茶色いかつらを被っていても、カラコンを入れても、コンラッドはすぐにおれを見つける。
今回はヴォルフラムがコンラッドの居場所を知っていたっていうのが大きいけど、それでも先におれを見つけてくれた。
久しぶりに姿を見て、嬉しくて駆け寄る。
「あのさコンラッド、城にはいつ帰れる?」
「この様子だと長引いているようだな。何かあったのか?」
おれとヴォルフラムが質問を投げかけると、コンラッドは少し硬い顔をして「事情が変わりまして」とだけこたえた。
なんだか様子がおかしい。そりゃ仕事中いきなり会いに来ちゃったのは悪いけどさ、コンラッドは優しいから許してくれるって心のどっかで思ってたんだ。
だけど、やっぱり迷惑だったかも知れない。
落ち込んで無意識のうちに視線が落ちる。別に困らせたかった訳じゃない。
「あのさ、コンラッド、おれやっぱり……」
「ユーリ」
コンラッドは優しくおれの名前を呼んだかと思うと、その大きな手でおれの頬に触れた。
「夜には帰ります」
ばか、あんたが男前になる度に、おれはちょっとだけ不安になるんだぞ。
おれの頬に置かれたままになっている温かい手のひらに自分の手を重ねる。
「怪我とかすんなよ」
あと、それ以上は待てないからな。
そう言おうと口を開いた矢先、後ろから至極不機嫌な声がした。
「お前たち、ぼくのことを忘れていないか……?」
美少年には似つかわしくない、長男ゆずりの深いしわを眉間によせて。