コンユ中編

□例え何を忘れても、その瞳だけは覚えているだろう
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「ユーリ!」

ヴォルフラムのやけに焦った声が聞こえた。普段は一歩一歩悠長に降りる階段をやけに早く通り過ぎて、もうすぐ目の前には地面が迫っている。



「階段から落ちるなんて不注意が過ぎる!このへなちょこ!」

「うう……反省してマス」

階段から落ちて頭を打ったのは昨日の昼のこと。

おれがまさか自分の足につまづいて盛大な階段落ちを披露するだろうとは思ってもみなかったヴォルフラムは、それでも助けようと腕を伸ばしてくれたけれど、タッチの差でそれは虚しくも空を切っておれは勢い良く地面に真っ逆さま。

そして、目を覚ましたらすっかり夜。

意識を失っていた時間は3時間くらいだけど、頭を打っていたのでおれの優秀な仲間たちはたいそう心配してくれた。

「ギュンターなんて、お前の無事を祈るため眞王廟に100回通うと出かけて行ったぞ」

御百度参りかよ。

そんなシステム眞魔国にもあるんだな。ていうか祈るって眞王に?それって効果あるのかなぁ。

「陛下、お身体に痛むところはありませんか?」

ギーゼラさんが文字通り癒し系な極上の笑顔でおれに訪ねた。どうやら今日は鬼軍曹は休業みたいだ。

「大丈夫だよ、ありがとう」

「頭を打たれてますから、お身体に異常がなくても記憶が混乱している可能性があります。何かあったら声をかけてくださいね」

そう言ってギーゼラさんはまたニコっと笑った。



「ユーリ、これは何本だ」

ヴォルフラムがおれから少し離れた位置で、難しい顔でピースサインを作っている。

「2本。ていうかヴォルフ、これ視力の検査だろ?記憶関係ないって」

「うるさい!念のためだ!これは?」

「よんほーん」

それにしてもお腹すいたな、ご飯まだかな。

「おいユーリ」

集中しろ、と、ヴォルフラムがまた難しい顔を作るのと、グレタが部屋に入ってくるのは同時だった。

「ユーリ!大丈夫!?」

「グレタ!」

グレタはおれのベッドに駆け寄ると、真っ直ぐおれの顔を覗き込んだ。

「グレタ、ユーリが階段から落ちたって聞いてとっても心配したの。でもアニシナに、そんなに暗い顔をしていても陛下は喜びませんよ!って言われて、それでね」

後ろ手に持っていた、可愛らしい編みぐるみをおれの目の前に突き出す。

「ユーリが元気になったらプレゼントしようって、アニシナと編みぐるみ作ったの」

つぶらな瞳のパンダちゃんが笑っている。

「ありがとう、グレタ」

ああ、おれの娘はなんてできた娘なんだろう。

頭を撫でると、今までの緊張が溶けたようにグレタは嬉しそうに笑った。編みぐるみパンダちゃんの笑顔もいいけど、おれの娘の可愛い笑顔には敵わない。

「今度はヴォルフラムにも作ってあげるね!」

「ほんとか?楽しみだな」

ほら、今まで難しい顔をしてたヴォルフラムだって、グレタにかかれば一瞬で甘いお父さんスマイルだ。やっぱりおれの娘すごい。最高。

「ユーリ、そろそろ夕食の時間だ。ピンピンしてるなら行くぞ」

「おう!もうお腹すいちゃってさー」

「今日はシチューだって!」

「グレタはシチューが好きだからなぁ」



夕食を食べ終わって、魔王専用浴場に向かう。今日の夕食は楽しかったなぁ。さっき賑やかだった分、一人で風呂入るのが寂しいくらい。

あ、でもおれ、風呂入って大丈夫なのかな。頭に血が上ったりしない?

まぁ大丈夫か。おれの身体のことはおれが一番わかるし。ピンピンしてるし。

「風呂で一人カラオケ大会でもしようかな。いい湯だなーアハハンって。あ、そうだ、久しぶりにアヒル隊長かしてくれよ!」

そう言って振り返って、誰もいない廊下に目を伏せた。

ああ、またやってしまった。もう癖なんだ。この廊下を歩くときの、この城で暮らす時の。

あんたはここにいないのに。

「忘れられたらよかったのに。あんたのことだけ綺麗さっぱり」

思ってもみないことを口に出して、でもすぐに「やっぱり嫌だな」なんて呟いた。
思った以上に情けない声が出た。



ベッドに潜り込んで、電気を消した。

今日は珍しくヴォルフラムが部屋に来ない。きっと昼にあんなことがあったから、おれがしっかり休めるように配慮してくれているんだろう。

だけど静かすぎるのって、なんだか調子が出ない。

何となく立ち上がって、窓から星を眺める。そういえば、前にグレタに星の名前を教えるって言ったことがあったっけ。それなにのおれってば、星の名前なんて全然覚えていない。

「えっと、あれが健闘リス座で、あれが雷ネズミ座……それからあの星が……」

全ての星の中心にあるように、強く輝く一つの星。

彼がとうとう名前を教えてくれなかった星。

この星空は、あんたの瞳みたいだ。

茶色い瞳を覗き込んだ者だけが見つけられる銀の虹彩。きっと良いものも悪いものも沢山見てきた瞳の奥に、あんな風に強い光があるとしたら。

それはきっと、あんたの信念だろう。

「はっくしゅ」

夜が更けて少し冷えてきた。今日の明日で風邪なんて引いたら、ヴォルフラムがしばらく外に出してくれないだろう。

おれは大人しく涼しい窓際からベッドの中に戻って、閉じた瞼の裏側であの星を思い出した。

今度会ったら言ってやろう。

あの星の名前も教えないまま、帰ってこないままなんて卑怯だって。

夢の中の彼はいつも通り穏やかに笑って、それでもその答えは上手くはぐらかされる気がした。

明日も、あんたがいなくても星は回る。

人間の国も魔族の国も関係なく、綺麗に回るのだ。

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