コンユ中編

□王様がサンタクロース
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「メリークリスマス」
流されて早々何故そんなことを言ったかというと、この水は冷たいぞという抗議でもあるわけだが、名付け親はいつも通りの笑顔で「地球ではそんな時期ですか」と言いながらタオルを差し出すだけだった。
「今度は風呂にスタツアしようかな」
「それがいい。毎回あなたが風邪をひかないかと心配なんですよ」
まあ、心配されている自覚はある。
世間は冬休みってやつだ。クリスマスには少し早いけれど、お祭り好きの日本人はもうすっかりツリーやリースの準備を始めている。
俺はお袋に頼まれた買い物に行く途中で、今日はいつもの学ラン姿ではなくセーターに厚手の上着にマフラーなんて重装備だ。おかげで濡れると身体が重い。
「クリスマスって言うけど、みんなクリスチャンでもないのにさ」
「そういうものですよ。みんなで楽しめるいい機会なんですから、楽しめばいいじゃないですか」
「コンラッドってそういう所けっこうガバガバだよね」
「百年近く生きてればこうなります」
「ギュンターはコンラッドより年上だけど信仰厚いけどなー」
「あれは少し特別だから……」
まあ、俺も普通ではないと思う。
そんなことを話しているうちに俺の部屋にたどり着いた。あらかじめ温めていてくれたのだろう。外から入ってくると少し暑いくらいだ。
「コンラッドはいつもその服で寒くないの?」
「寒くないというよりは、魔王陛下の御前に参上するわけですから正装とまでいわなくても、それなりの格好はしなくてはいけないんですよ」
「なんだよ……ヴォルフなんてネグリジェでおれの寝どこまで押しかけてくるじゃん」
「あれも少し特別ですから……」
だけどおれとあんたの仲じゃん、なんて少し不機嫌になりながら暖炉の前で身体を暖める。コンラッドはいつだっておれに親切で、おれを受け入れてくれて、そのくせ変なところで壁を作る。あんたには臣下としての立場があって、おれには魔王陛下としてのそれ相応の振る舞いがあるってこともわかってるけど、それにしたって二人の時は名付け親と名付け子でいてくれてもいいじゃないか。
思考がどんどん悪い方向へと向かうので、何か別の話題がないかと探してみる。そうなるとやはりタイムリーなのはクリスマスの話題なんだろうか。友達も家族も忘年会やらクリスマスやらで忙しそうだ。いや訂正、勝利だけはいつも通りギャルゲーに興じている。
「友達はみんなクリスマスは彼女と過ごすとか言っててさ、クリスマスまでに彼女がほしいなんて言うやつも居るんだぜ?クリスマスだから彼女ほしいっておかしくない?」
「街がカップルで溢れるとそれに習っておこうという気持ちになるんじゃないですか?眞魔国でもありますよ、クリスマス。もちろん去年あなたが発案したやつですが」
「あー、サンタさんはいいよな。ちびっ子がみんな笑顔になるし。今年はちびっ子へのプレゼントはどうしようかな」
「今年は時間に余裕がありますから、去年のように土壇場で準備しなくても大丈夫でしょう。ゆっくり考えておいてくださいね」
はーい、と良い子の返事をすると、今度はホットミルクが出てきた。至れり尽くせりだ。
「コンラッドは何かほしい物ないの?」
「欲しいものですか……特に思いつかないけれど、クリスマスは子供がプレゼントをもらう日では?」
「大切な人にプレゼントを贈る日でもあるって。ほら、日本人ってそういうの好きだからさ。恋人がサンタクロースというか、父親がサンタクロースというか」
「それなら俺がユーリにプレゼントを贈らなくちゃいけませんね。これでも名付け親ですから」
「そういうつもりで言ったんじゃないって」
「わかってますよ。俺がしたいだけだから、気にしないで」
コンラッドはすぐにおれを甘やかしたがる。最近はこんなに甘えっぱなしで良いのだろうかとか考えるんだけど、何というかコンラッドの隣は安心感があって、いつもつい甘えてしまう。
ホットミルクに口をつけると丁度良い熱さだった。たまにはこの男をおれが甘やかしてやらないと割に合わない。なんて、いつも考えるだけなんだけどさ。



年末で溜まりに溜まった書類を片付けるのは本当に大変だった。冬休みの宿題をすべて終わらせたような疲労感がある。実際には何一つ終わっていないんだけど。
今はとにかく何も考えずに寝たい……。
そう思いながらフラフラ歩いていると、庭の噴水に落ちた。ああ、失敗した。コンラッドが部屋まで付いてくるというのを断っていなければこんなことには。
コンラッドが空いた時間で準備してくれているであろう魔王陛下専用大浴場に思いを馳せながら、やけに深くて冷たい水の中をおれは流されて行くのであった。
「さっっっっぶ!」
学ラン姿で流された先は冬の水たまり。もちろん今回は送迎なし。お袋に買い物を頼まれていた気がしたけど、今はそれどころじゃないとダッシュで家に帰ることにした。そういえばコートもマフラーも向こうだ。絶対に次は風呂からスタツアするぞ。絶対に。



「……あ」
「なに渋谷、クリスマスプレゼントの候補でも見つけた?」
男二人で寂しくクリスマスイブと騒ぎながら、村田と鍋の材料を買いに来たショッピングセンターにそれはあった。黒、はさすがにまずい気がする。それなら青は?おれの好きな色。
青いそれを身に着けているところを想像する。うん、きっと似合う。そもそも男前には似合わない色なんてないのだ。



「メリークリスマス」
「メリークリスマス、ユーリ」
きちんと風呂からスタツアしたおれを待っていたのは、やっぱり夏も冬も変わらない若草色の軍服だった。
「地球の暦ではクリスマスでしょう?眞魔国ではもう少し余裕がありますが」
「そう。もうテレビも世間もお袋も大騒ぎ」
「ユーリは家族と過ごすんですか?」
「うん。昨日は村田と二人で鍋したんだけどさ、お袋がイベントごとはきっちりやるタイプだから、「クリスマスは家族揃ってなきゃダメよ!どうせゆーちゃんもしょーちゃんも彼女いなんでしょ?」とか言ってさ」
まあ実際に彼女はいないんだけど。
「羨ましいですね、家族で催しをするなんて」
「コンラッドもやればいいじゃん。ツェリ様とグウェンとヴォルフ誘ってさ」
「うちはそういう感じではないから……それに、どうせなら陛下がいた方がみんな喜びますよ」
「また、陛下って呼ぶなよ」
「すみません、つい癖で」
いい湯加減の風呂から上がると、自室までの間にコンラッドが状況を簡単に報告してくれた。何の状況かって、そりゃもちろん眞魔国での今年のクリスマスの準備についてだ。
「順調ですよ。今年のプレゼントは残念ながら手作りではありませんが、去年の働きのおかげで眞魔国にだいぶクリスマスという行事が浸透していますから、俺たちがあまり豪華なものを企画しなくても各々の家庭で祝うことがあるでしょう」
「そっか。今年はおれあんまり準備手伝えなかったからさ、良かった」
「陛下と猊下が主体になって企画を勧めてくださらなければ実現していませんよ。なんたって俺たちはクリスマス初心者ですから」
「コンラッドってアメリカにいたんだろ?そりゃもうすごいクリスマス見てきたんじゃないの?」
「俺が祝いたいのはあなたが発案するクリスマスですから」
「なんだそりゃ」
あまりに壮大な文句に吹き出すと、「真剣なんですよ、これでも」という声が降ってきた。どこまでも様になるよな、あんたは。
「ところでその袋は?」
「秘密」
隠し通せるなんて最初から思っていない。大きな防水の袋の中には、おれからみんなへのクリスマスプレゼントが入っていた。だけど中身は夜まで秘密。その方がわくわくするじゃん?
「グレタへのクリスマスプレゼントはとびっきりのにしたんだ。あ、でもこれ贔屓になっちゃうのかな」
「親が自分の子供を特別視して怒る者など居ませんよ。しかもユーリは自分で用意すると言うから……」
「だってそういうところに国民の皆さんの税金使っちゃうのはさ、こう、気持ちがこもってないじゃん?それに税金ってそういうことのために徴収するものじゃないし」
そう言うとコンラッドは優しく笑った。なんだよ、落ち着かないな。
「それなら尚更怒る者などいません。クリスマスはファミリーのイベントだとあなたのお母様も言っていたんでしょう?」
「うん」
本当は女の子が喜ぶものなんてわからないし、高校生の野球小僧が夏休みに貯めたバイト代の残りで買ったプレゼントなんて喜んでもらえるかわからない。
それでも今日だけはグレタだけのサンタさんってことでさ、折角なら感動してほしい。
眞魔国的には少し早いけれど、今夜が楽しみになってきた。



「しーっ、コンラッド、みんなに見つからないように静かにな」
「はい」
そうは言ってもコンラッドはくすくす笑っていた。サンタさん代わりに兄弟の部屋に忍び込むなんて、百年近く生きてたってきっと初めての経験なんだ。
今回の協力はコンラッドの他にアニシナさん。夢芝居のもにたあをした時に借りた、軍人の部屋に忍び込んでも安心!な道具一式を貸してもらった。
まずは可愛いお姫様の寝室へ。ここではコンラッドは部屋の前でお留守番。いや、コンラッドなら安心だとは思うんだけど、その辺は父親として複雑というか……。
グレタの枕元にクマのぬいぐるみを置いてミッションコンプリートだ。サンタさんより、なんてカードもオマケで付けておく。
次の部屋はヴォルフラム。こいつはアニシナさんの道具なんて使わなくても絶対に起きないから安心だ。枕元にプレゼントを置くと蹴り飛ばされてしまいそうだから、少し離れた場所に置いた。安物だけど、銀色のブローチ。
「順調ですね」
「今のところはな」
これからが強敵。グウェンとギュンター。
これはコンラッドに主にお願いするつもりだ。何か失敗があって攻撃されたとして、おれじゃ怪我とかしかねないし。
グウェンには小さなウサギちゃんのストラップ。ギュンターには眼鏡(老眼鏡)ケースを用意した。二人とも寝相が良いのは、同じく夢芝居のもにたあ探しのときに確認済み。
コンラッドに任せておけばきっと大丈夫なんだけど、はらはらした気持ちで部屋の前に立ち尽くすおれ。よく考えたらこういう隠密行動はヨザックの方が専門だったかも知れないけど、任務でどこかに出かけているんじゃ仕方ない。本当はヨザックにもプレゼントを用意したかったんだけど、まあそれは次の機会に。
そんなことを考えているうちにコンラッドが部屋から出てきた。キザにウィンクなんてしているから軽く笑って受け流すと、今度は「酷いですね」と視線で訴えてきた。冗談。あんたが居て本当は助かってるよ。
「戻りましょうか」
「うん」
おれが歩く一歩後ろを離れずについてくる。いつだってそう。



おれを部屋まで送り届けたコンラッドがそのまま帰ろうとするので、まあお茶でも飲んでけよなんて言いながら引き入れた。まさか自分のプレゼントだけ用意されていないなんて本気で考えているのだろうか。
「残念だな、俺が女の子だったら明日には友達全員に自慢していますよ。魔王陛下に部屋に誘われたって」
「女の子のことは誘いませんー」
「そうでした、あなたは紳士だから」
よく言えば紳士、悪く言えば度胸がないってね。まあ、おれにそういうのはまだ早いよ。
「紅茶は眠れなくなるからやめた方がいいかな?ミルクを温めるから待っててください」
「それより、渡したいものがあるんだけど」
そう言うとコンラッドはミルクを温めようとしていた手を止めて、おれの側に寄る。
「なんですか?」
何ですかって……。
おれは密かに最後まで持っていた青色のマフラーをコンラッドの首にかけてやる。うん、やっぱり男前は何でも似合う。
「サンタからじゃないけど」
照れ隠しにそう言ってからあんたの顔を見ると、本当に驚いたような顔をしていて面喰ってしまう。
「まさか本気でコンラッドだけにプレゼント用意してないなんて思ってたの?」
「あなたとこうしてご一緒させて頂いたので……それがプレゼントかと」
「なんだよそれ、無欲すぎ」
「こんなに高貴なお方の隣に並べているだけで、俺は幸せですから」
眞魔国のこういう価値観はおれには理解できないところ。だけど長年軍人やってる皆にとっても譲れない所だから、最近は深く突っ込まないようにしてる。
「いつも寒そうだから……趣味に合わなかったらごめん」
「まさか。大切にします。本当に」
「……気に入ってくれたならそれでいいけど」
マフラー一本でそんなに感動してもらえるとは思っていなかったから、こっちまで恥ずかしくなってしまう。
「俺もあなたにプレゼントがあるんです。本当は明日の朝にでも枕元に置いておくつもりだったんですが」
そう言ってコンラッドが差し出したのは青い手袋だった。しかもこれって
「編んだの……?」
「ええ。眞魔国では防寒具としての手袋は主流ではありませんから。メイドたちに交じってアニシナの編み物教室に参加しました」
「あんたって本当……っ」
おれのこと大好きかよ。
なんだか本当に恥ずかしくなってきた。
「あなたが風邪を引かないかと、本当はいつも心配なんですよ。これからも浴場から来てください。いつでも暖かくしておきますから」
それからコンラッドはおれの手の甲にキスをした。こんなのずるい。手袋をする度に思い出してしまう。



「あ、」
小さく声が漏れた。窓の外が白い。
「ホワイトクリスマスになった……」
扉の向こうからかわいい声が聞こえた。俺の名前を呼んでる。
サンタさんは雪国の出身だから雪には強いんだよ、なんて豆知識を頭の中で唱えながら、おれはその声の方に向かう。
昨日の手袋とマフラーはおれたちだけの秘密にすることにした。サンタさんの正体がみんなにバレるまでは、このままで。
結局地球に帰るまで手袋はお預けってことだ。残ったのは手の甲にあんたの唇の熱だけ。今度はやり返してやるから覚悟しとけよ。
そんなこんなでおれはグレタの声のする方へと向かう。気に入ってくれると嬉しいんだけど。全国のお父さんってこんな気分なんだろうか。クリスマスって案外悪くない。

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