コンユ中編

□いつかの
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「城下にでも買いものに行きませんか」
コンラッドからおれを誘うなんて珍しいことだった。
それから口には出さないけれど、おれの誕生日が丁度明日で、おそらくコンラッドは今日は何でもほしいものを買ってくれるであろうことも、わかっていた。
「いいよ」
あんたはバレる嘘はつかない。
あんたがこの城に戻ってきてから、おれとあんたの間で交わされる無言の約束だった。



「お兄さん、そこのお兄さん。よかったら占われて行かない?」
珍しく若いお姉さんに声をかけられたと思ったら、客引きでした。
と、自虐的なネタはここまでにして、出店の占い師のお姉さんなんて初めて見た。新しく出店した店だろうか。城下町は出店が多いけれど、若い女の子が一人で店を出しているという事実だけで目立つ。
占いなんてこまめにチェックする方でもないし、この前コンラッドと二人で調査に来た時に入ったきりだ。結果は良く言えば当たっている、悪く言えば誰にでもあてはまりそうなものだったけれど。
「ごめん、占いって柄じゃないんだ」
「ただの占いじゃないのよ。あなたが今日見る夢を占うの」
「夢を?それって夢占いってやつ?」
「夢占いは昨日見た夢でこれからの人生を占うものでしょう?私はただどんな夢を見るか占うの」
今夜の夢を?そんなの初めて聞いた。
「開店割引で安くしとくから、ね?」
それは、確かにちょっとだけ興味があるかも。
コンラッドの方を振り返ると微笑まれた。おれの好きにしていいということらしい。それなら一回だけと席につくと、お姉さんは水晶を覗き込んだ。出店の奥はカーテンで簡単に仕切られていて、一応のプライベートは守るつもりらしいが、カーテンのすぐ近くの護衛には簡単に声が聞こえてしまう程度の仕切りなのであまり意味はない。まあ夢の内容だし、聞かれて困ることなんて無いように思うけれど。
「それでは始めましょう」
コンラッドの方をちらっと振り返ると、占い部屋には背を向けていた。
いつか、おれの夢にあんたが出てきたことを、ぼんやりと思い出していた。



「それで、どうでしたか?」
「うーん、当たってるかどうかは寝るまでわからないからな。でもおもしろかったよ」
「それは何よりです」
コンラッドはおれが楽しかったと言うと本当に満足そうに笑う。城下にくるときはいつもそうだ。眞魔国にはおれの知らないものもまだ多いから、おれのリアクションが新鮮なんだろうか。
「コンラッドは占ってもらわなくて良かったの?」
「ええ。俺は占ってもらうよりも、自分の見たい夢が見れるように祈っていたいな」
「どんな夢が見たいんだよ。あっ!アニシナさんに夢枕借りてきてやろうか、ピンクのやつ!」
「残念だけど、俺は魔力がないからピンク色の夢は見られそうにないな」
それなら、あんたが見たい夢ってなに。
その問いかけは、市場の客引きの声にかき消されてしまった。別に無理に聞くことでもない。今はあんたと話す時間はいくらでもあるんだから。



「それでは、おやすみなさい。占いの結果は明日教えてくださいね」
遠くでコンラッドの声がする。今日はいっぱい動いたからか眠りがやけに近くて、コンラッドと城に帰ってきて、夕飯を食べて風呂に入ったらもう眠くなってしまった。
コンラッドがおれの髪を丁寧に拭いている間も、おれの瞼はくっついたり離れたりしていた。やっとお許しが出た頃にはもう限界が近くて、すぐにやけに体の沈むベッドに入る。
もしも夢を見るのなら、長い夢が見られそうだった。
吸い込まれる。眠りの中へ。
あー、マイクテス、マイクテス。――おれは今、眠っています。
なんてな。





朝だった。
いつも通りの朝だった。
おれは確か今眠ったはず。それならこれは現実の朝ではなくて、夢の中で朝を迎えてるってことになる。
「なんか夢の中で朝起きて身支度するって、損した気分になるんだよなあ」
朝起きて身支度して、学校まで行ったところで本当に目が覚める、みたいな夢。みたことない?
「おはようございます、陛下」
「陛下じゃないだろ、名づけ親」
いつも通りのやり取りをして、いつも通り顔を洗ってジャージに着替えた。
ロードワークは好き。夢の中でしてもいいって思えるくらいに。コンラッドはいつも通りというか、おれの半歩後ろを付いてくる。はずだった。
「今日はこっちに行ってみませんか?」
「コース変えるってこと?別にいいけど」
どうせ夢の中だしな。



そんなことを思ってコンラッドに付いて行くと、あれよあれよと砂漠に辿りついた。
「ちょっとこれはコース変えすぎじゃないですか!コンラッドさん!?」
「ははは、このくらいの方がトレーニングになりますって」
この前来た時はおれだけに水飲ませたり、おれに砂漠はまだ早いって扱いだったのに。やっぱり夢の中だ。
それにしてもこの砂漠、全然暑くない。気候は眞魔国と変わらないのに、砂の感触はやけにリアルだから歩きにくい。
「砂漠って懐かしいな。あの時はあんたがヴォルフを助けに、砂熊の巣に飛び込んだんだっけな」
「あなたが命じてくださったからですよ。本当は弟の身の安全が心配だったんです。ありがとう」
「自分も危険な目に合うのにありがとう、なんて。やっぱりお兄ちゃんだなー」
「あなたが俺に命じてくださったことも嬉しかったんですよ。あなたからの命であれば、仰せつかることそれ自体が名誉だ。なんとしても遂行して帰ってきます。ね?」
「……うん」
これはおれの夢が言わせたことなんだろうか。
なんとしても帰ってきます、その言葉を、おれはずっと欲しかったのかも知れない。
足下がどんどん沈む。本当に歩きにくい。いくら砂漠っていっても、足場が悪すぎじゃないか?
と、下を見てみると、蟻地獄的なものに捕まっていた。
「う、嘘だろー!」
いくらなんでも間抜けすぎる。今までヴォルフが砂熊に捕まった話をしていたのに。
ていうかこれ、砂熊の巣そのものじゃないか!
「ああああー!」
沈む、どんどん沈む。
柔らかい砂に、飲み込まれる。



沈んで、沈んで、海の底まで沈んでしまった。
これも眞魔国のトンデモファンタジー世界観?それともファンタジーなのはおれの頭の中だろうか、だってこれおれの夢だし。
コンラッドはおれの隣を、ふわふわと髪をなびかせながら歩いている。
海底の砂はさすがに踏みしめたことがないから、体は少し浮いているような感覚だった。
コンラッドの髪がなびく度に、右眉の端に傷が見えた。出会った時に比べて、コンラッドは髪が伸びた。この傷が髪の下に隠れてしまうように、他にもおれに言っていない傷をあんたは持っているんだろう。
きっと、胸の内にも、おれには絶対に見せまいと思ってるようなやつが。
「海の底って暗いんだな」
上を見上げると、かすかに光が差し込んでいた。太陽の光だろうか。闇の中に、本当に小さな光。
「あなたみたいだ」
「海の暗さが?」
「いえ、あの光が」
「髪も目も黒いのに?」
「ええ。あなたは眞魔国にとっての光ですから」
恥ずかしいことを、また眉一つ動かさずに言うなよ。
「あんたにとっては?」
いつか、同じような質問をした気がする。
「あんたにとって、おれは何だよ」
「俺にとって、あなたは……」
コンラッドの唇が動いた。おれは海底の渦に巻き込まれて、それを聞くことができなかった。泣きそうな顔で笑っていた。あんたのその顔を見るのは二度目だ。
あんたがおれのところに帰ってくるって言ったあの日。
それ以来だ。



気づいたら、城の中庭にいた。
ランニングから帰ってきたってことだろうか。それにしても少し遠出が過ぎるランニングだ。
「なんか夢なのに疲れた」
「俺は楽しかったですよ。あなたと一緒で」
「いつだって一緒じゃん」
そうですねって言ってほしくて、わざとそんなことを言った。さっきあんたがあんな顔をするから。
「ユーリ、逃避行ですね」
そんなラブラブ日記ですね、みたいなノリで言うなよ。
十六歳のおれは、あんたに連れ去られた。
明日から十七歳の、おれになる。
相変わらずあんたの隣で、今年も年を取れてよかった。





「おはようございます、陛下」
「陛下って呼ぶなよな、名付け親」
「すみません、つい癖で」
正真正銘の朝だ。
おれは昨日の夜コンラッドに丁寧に髪を乾かされたときのパジャマのままだし、足の裏に砂漠の砂も張り付いていなければ、髪に海の香りもついていない。
「夢占いは当たっていましたか」
「そりゃもう、ドンピシャだった」
昨日、お姉さんに言われた言葉を思い出す。
『あなた、誰かに攫われる夢を見るわよ。でもそれはあなたに恐怖を与えるような人ではなくて、あなたが本当に心から信頼しているひと』
一晩の逃避行。だけどあれは夢の中のコンラッドだから、今目の前にいるあんたとは微妙に別人なのかな。
「俺も今日は珍しく夢を見ましたよ」
「へえー、どんな夢?」
おれは顔をジャージに着替えながらそう問いかける。
「あなたと、砂漠や海を逃避行する夢」
「そ、それ、って」
おれの夢と、
そう言いかけて、やっぱり恥ずかしいから言葉に詰まってしまった。思い出すと顔が熱くなるようなことを言った気がする。
「ああ、それと、一番に言いたいと思っていたんです」
コンラッドは仰々しくおれの手を取ると、予想通りのセリフを言う。
「誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう!」
おれの国で、あんたが笑う。
それが一番の誕生日プレゼントだよ。

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