まるマcpごちゃまぜ
□女々しいぼくとシュークリーム
1ページ/1ページ
「ヴォルフラムは、まだ父上のこと諦めていないの?」
小さなシュークリームをひとつ口に放り込みながら、グレタは言った。
もう彼女が王宮に来てから6年がたった。魔王陛下が溺愛して育てた娘は、けれど気丈でしっかりとしている。
彼女は人間で、歳をとるのがとても早い。そろそろ婿をとったらどうだという王佐の進言に、魔王はまったく耳をかそうとしない。だが、美しく明るい彼女は婿を取ろうと思えば眞魔国中選り取り緑だろう。
本人が「私は罠の研究に一生を捧げるのです!」と豪語している根っからの罠女でさえなければ。
このままだと結婚は当分先になりそうだ。
「コンラートといるときの父上は幸せそうね」
彼女の視線が向けられる方を見ると、そこにはコンラートと楽しそうにキャッチボールをするユーリの姿があった。幸せそうではなく、幸せなのだろう。
ユーリとコンラートが想いを通わせ始めたのは、まだグレタが小さく無邪気な子供だった頃だ。
ぼくとの婚約を解消してほしいと正式に頼んできた。
傷つかなかった訳がない。当時のぼくは幼く未熟だったが、ぼくなりにユーリを想い愛していた。でも、嫌だと縋りつくことはプライドが許さなかったし、何よりぼくはユーリの幸せを願っていた。
あんなヘタレより、ぼくのほうが幸せにしてやれる。
そうどれだけ愚痴をこぼしても、やっぱり違うのだ。ユーリを愛し、一番幸せにできるのはそのヘタレだった。
「ぼくはユーリのことを諦めてはいない。だが、コンラートとの仲を邪魔するつもりもない」
「あら、私はコンラートよりヴォルフラムの方が男前だと思うわ」
「そんなことはわかっている!……でも、ユーリが好きなのはあいつなのだから仕方ない」
「ねぇ、ヴォルフラムがそうしたければ、私あなたと結婚してもいいわよ」
突拍子もない提案に目を見開いた。何故僕がグレタと結婚なんて話になるんだ!
「私と結婚すれば、ヴォルフラムは父上の息子になれるじゃない」
「やめておけ。結婚は好きな人とするべきだ」
愛娘は「あら、好きな人なんてできないわ」とあっけらかんと答えた。ぼくとだって同じことを思っていたんだ。ユーリに出会うまでは。
「私が本当に結婚したいのは、今も昔も父上だけよ。あんなに素敵な人に育てられたんだもの。他の男の子が霞んじゃうわ」
最もなことを言って、グレタはケラケラと朗らかに笑った。
「私たち、おんなじね」
同じなんかじゃないよ。お前にはこれからがある。それが10年後か今日かはわからないけれど、どこかで素敵な誰かと恋に落ちるかもしれない。
でも、きっとぼくにはユーリしかいない。
ユーリはぼくにとって最高の王で、きっとこれ以上ないくらい好きな人だ。
だけどこの恋は叶わない。
それならば、せめて臣下としてユーリのそばにいたいと思った。
婚約を解消してほしいと頼み込んできたあの夜、ぼくは「代わりにお前はぼくにとって最高の王になれ」と言った。
その時に見せた、王としてのユーリの笑顔をぼくは忘れない。
少女でもないのにこんな考えを持って、女々しいと思っても捨てられなかった。
あの日の、あの笑顔だけはぼくのもの。
「ところでグレタ、歴史の勉強は終わったのか?」
「歴史は苦手なんだもの……」
「そんなことを言ってると、アニシナみたいになれないぞ」
まあ、ならなくて良いけど。
「ヴォルフ、私のお父さんみたい」
「父親みたいなものだ」
そう言ってまたぼくは、シュークリームをひとつ口に放り込んだ。
君への想いも飲み込んでしまえ。
太陽が僕らを照らした。