捧げもの

□楽しみは一番最後に
1ページ/1ページ


コンラッドがケーキを持って帰ってきた。

それはなんの変哲もないショートケーキで、箱の中には2切れ分のいちごが赤く色づいて座っている。

「誰か誕生日だったっけ」

村田もおれも、もう誕生日は過ぎている。コンラッドが持ってくるってことはヴォルフとか?

「眞魔国には誕生日はないよ。知り合いがケーキ屋を始めたらしくて、顔を出しに行ったら貰ったんです」

「なるほどなー。コンラッドって友達多そうだもんな」

そう言っている間にも、コンラッドは部屋のポットで紅茶を作って出してくれる。

「そんなことありませんよ。あなたの方が友達は多そうだけど」

「えー、おれはコンラッドみたいな爽やかスマイルできねーもん!」

紅茶を出して、お皿もフォークも無いことに気づいたらしいコンラッドは「2つしかないからみんなには秘密なんだけどな……厨房係に頼んできます」と席を立った。

「別にいいよ、手づかみで食べちゃおう。あ、あんたが気にするって言うなら別だけど……」

「いいえ、そうしましょう。ここには俺とあなたしかいないしね」

手前のケーキを手づかみで持ち上げると、箱ごとおれのほうに渡してくる。

まずはお行儀悪く一口。
あ、おれじゃなくてコンラッドが。

「うん、美味しい。地球もケーキは美味しいですよね。コーヒーと合うのでよく食べに行っていました」

うん、なんて気のない返事をする。

いちごは最初に食べるタイプなんだな。白いクリームに赤いいちご。それよりも赤いあんたの舌がちらりと覗いた。

「俺はモンブランが好きでしたよ。同僚はティラミスが好きでしたが」

ユーリは何のケーキが好きですか?

そんな質問が飛んでくる。

「そうだなぁ、おれはショートケーキが好きだよ」

なんたって、あんたによく似合う。

また一口。コンラッドはよく噛んでから飲み込む。

何かを食べるってこんなに、変な気分になることだったっけ。

口を動かすだとか、喉仏が動くだとか、そんなことをいちいち意識してしまう。

なんだか今日はおかしい。

コンラッドの指先が白いクリームでベタベタになっている。あんたの指は長くて綺麗だから、生クリームだって良く似合う。

今舐めたら甘いんだろうな。

いっそ端から一本一本食べてしまいたい。

しゃぶって、溶かして、よく噛んで、俺の中でどろどろになる。

我ながらちょっとアブナイ妄想だ。

「ユーリはよくケーキを召し上がるんですか?」

「うーん、たまに。おふくろがイベントの度に気合入れて作るから、買ってきたケーキ食べるのは久しぶりかも」

絶対にケーキよりもあんたの指のが甘い。いや、あんたはきっと身体中甘いんだ。唇も舌も指もそれ以外も全部。

想像しただけで身体が痺れるようだ。

「ああユーリ、袖にケーキが付きそうだ」

そう言ってコンラッドは、立ち上がってテーブル越しのおれの袖をまくった。自分でやった方が早いのにって思いつつも、あんたがおれに触れるのを拒めない。

離れるときに、ほんの少しだけコンラッドの匂いがした。

ああ、ぐらぐらする。まるで猿だ。

あんたに触りたい。見たことのない顔が見たい。
余裕なその笑顔を崩してやりたい。
引き寄せてキスをして、それこそ骨の髄まで愛し尽くしてやりたい。

例えば今おれが欲望に任せて彼の腕を掴んだって、彼は拒まない。

大切な大切な、可愛い名付け子を邪険になんてできない。

だけどそれじゃ意味がない。あんたがおれを好きになるまでは大切に大切に……。

「ユーリ、どうしたんですか?」

コンラッドに名前を呼ばれる。そうだ、考え事なんてしてる場合じゃない。それに、何を考えていたか聞かれても困る。

「ううん、ちょっとぼーっとしてただけ!ところでコンラッド、日本でケーキは食べたことある?」

「いえ、俺はUSAが長かったので……」

「それじゃあ今度食べに来なよ!お袋きっと張り切って作るぜ」

あんたが安心するような、無邪気な顔で笑う。頭の中では到底言えないようなことを考えてるのに。

黙っててやるよ。
あんたがおれを「ついくせ」で「陛下」って呼ぶうちは、おれはあんたの陛下でいてやる。

だけど、一度でも間違えずにおれの名前が呼べたなら。

その時は嫌と言うほどの愛をあげる。

「それまで、安心して待ってろよ」

「え?何をですか?」

「いや、地球にケーキ食べに行こうなーって話!」

「ええ、ぜひ」

ああまた、そんな嬉しそうな顔をして笑う。

最後のいちごを口の中に放り込んだ。

例え目の前にあったって、お楽しみは一番最後に。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ