捧げもの
□楽しみは一番最後に
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コンラッドがケーキを持って帰ってきた。
それはなんの変哲もないショートケーキで、箱の中には2切れ分のいちごが赤く色づいて座っている。
「誰か誕生日だったっけ」
村田もおれも、もう誕生日は過ぎている。コンラッドが持ってくるってことはヴォルフとか?
「眞魔国には誕生日はないよ。知り合いがケーキ屋を始めたらしくて、顔を出しに行ったら貰ったんです」
「なるほどなー。コンラッドって友達多そうだもんな」
そう言っている間にも、コンラッドは部屋のポットで紅茶を作って出してくれる。
「そんなことありませんよ。あなたの方が友達は多そうだけど」
「えー、おれはコンラッドみたいな爽やかスマイルできねーもん!」
紅茶を出して、お皿もフォークも無いことに気づいたらしいコンラッドは「2つしかないからみんなには秘密なんだけどな……厨房係に頼んできます」と席を立った。
「別にいいよ、手づかみで食べちゃおう。あ、あんたが気にするって言うなら別だけど……」
「いいえ、そうしましょう。ここには俺とあなたしかいないしね」
手前のケーキを手づかみで持ち上げると、箱ごとおれのほうに渡してくる。
まずはお行儀悪く一口。
あ、おれじゃなくてコンラッドが。
「うん、美味しい。地球もケーキは美味しいですよね。コーヒーと合うのでよく食べに行っていました」
うん、なんて気のない返事をする。
いちごは最初に食べるタイプなんだな。白いクリームに赤いいちご。それよりも赤いあんたの舌がちらりと覗いた。
「俺はモンブランが好きでしたよ。同僚はティラミスが好きでしたが」
ユーリは何のケーキが好きですか?
そんな質問が飛んでくる。
「そうだなぁ、おれはショートケーキが好きだよ」
なんたって、あんたによく似合う。
また一口。コンラッドはよく噛んでから飲み込む。
何かを食べるってこんなに、変な気分になることだったっけ。
口を動かすだとか、喉仏が動くだとか、そんなことをいちいち意識してしまう。
なんだか今日はおかしい。
コンラッドの指先が白いクリームでベタベタになっている。あんたの指は長くて綺麗だから、生クリームだって良く似合う。
今舐めたら甘いんだろうな。
いっそ端から一本一本食べてしまいたい。
しゃぶって、溶かして、よく噛んで、俺の中でどろどろになる。
我ながらちょっとアブナイ妄想だ。
「ユーリはよくケーキを召し上がるんですか?」
「うーん、たまに。おふくろがイベントの度に気合入れて作るから、買ってきたケーキ食べるのは久しぶりかも」
絶対にケーキよりもあんたの指のが甘い。いや、あんたはきっと身体中甘いんだ。唇も舌も指もそれ以外も全部。
想像しただけで身体が痺れるようだ。
「ああユーリ、袖にケーキが付きそうだ」
そう言ってコンラッドは、立ち上がってテーブル越しのおれの袖をまくった。自分でやった方が早いのにって思いつつも、あんたがおれに触れるのを拒めない。
離れるときに、ほんの少しだけコンラッドの匂いがした。
ああ、ぐらぐらする。まるで猿だ。
あんたに触りたい。見たことのない顔が見たい。
余裕なその笑顔を崩してやりたい。
引き寄せてキスをして、それこそ骨の髄まで愛し尽くしてやりたい。
例えば今おれが欲望に任せて彼の腕を掴んだって、彼は拒まない。
大切な大切な、可愛い名付け子を邪険になんてできない。
だけどそれじゃ意味がない。あんたがおれを好きになるまでは大切に大切に……。
「ユーリ、どうしたんですか?」
コンラッドに名前を呼ばれる。そうだ、考え事なんてしてる場合じゃない。それに、何を考えていたか聞かれても困る。
「ううん、ちょっとぼーっとしてただけ!ところでコンラッド、日本でケーキは食べたことある?」
「いえ、俺はUSAが長かったので……」
「それじゃあ今度食べに来なよ!お袋きっと張り切って作るぜ」
あんたが安心するような、無邪気な顔で笑う。頭の中では到底言えないようなことを考えてるのに。
黙っててやるよ。
あんたがおれを「ついくせ」で「陛下」って呼ぶうちは、おれはあんたの陛下でいてやる。
だけど、一度でも間違えずにおれの名前が呼べたなら。
その時は嫌と言うほどの愛をあげる。
「それまで、安心して待ってろよ」
「え?何をですか?」
「いや、地球にケーキ食べに行こうなーって話!」
「ええ、ぜひ」
ああまた、そんな嬉しそうな顔をして笑う。
最後のいちごを口の中に放り込んだ。
例え目の前にあったって、お楽しみは一番最後に。