ゴーストフェイス

□名前を呼んで!
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「ねえ師範、私の名前おぼえてる?」

彼の気が向いたときに行われるホラー映画の鑑賞会。
エンドロールが流れるなか、製作者の名前をぼんやり見つめながらフリージアは独り言のように問いかけた

彼はいつも私のことをお前と呼ぶから、私の名前なんてとうの昔に忘れてしまったんじゃないかって

ソファーの上で膝を抱えて顔を埋めるフリージアに、彼は答えを返す
「ラムズイヤーだろ」
「それは私のことじゃない」
反射的に彼の言葉を素早く切り捨てた

「私だけど私じゃないの。
名前で、呼んでくださいよ」

ああ、何て失礼な言いぐさなのだろう
彼には後で謝らなければ
そう思うのに荒れた感情は静まらない

「どうしたんだ、おま…」
「私の名前は´お前´じゃない!!」

高ぶりすぎた気持ちが、一気に爆発する
彼の胸ぐらにつかみかかり私は思いの丈を暴露した
「他の女の子には名前で呼んでるくせに!」
「は!?なんだよそれ…」
「シドニーって嬉しそうに呼んでたくせに!!」
「…」
「それだけじゃないんですよ!どうしてこの間の狩りのとき、私を連れていってくれなかったんです!?」

関係ないことさえ吐露してしまう
胸ぐらを掴む手が震え涙が込み上げた

「どうしてそういうときに限って怪我を負って帰ってくるんですかっ!!」

鼻の奥がツンとし、堪えるように唇を噛み締めるが耐えきれなかった。
温かな液体が頬を伝う

両手を離しポカポカと叩くもののすぐに絡め取られ、彼に手首を掴まれながら私はしゃくりあげる

「ま、守るって、決めたのに…
あの日師範の弟子になった時から、
私が盾になって、あなたを守るって…」

次々と涙がこぼれ自身の黒いローブの上を水滴が滑った

「どうして、っく…どうして連れていってくれなかったんですかっ?」

どうしてどうしてと駄々をこねる子供のように繰り返す私を彼は困惑したような雰囲気で見つめ、呟いた

「どうやって、知ったんだ」
「でん、わですよっ!」
「電話?」
「師範が、電話してるところを偶然聞いたんです」

親しげに話しかけていた
私の名前は久しく呼んでいないくせに
親愛すら感じる声で、囁いていた
´シドニー´と

「狩りの生存者だと、すぐにわかりました…」

それは会話の端々に出てくる物騒な言葉と、電話を切る直前の最後の言葉

「『次は必ず殺すから』」

ピクリと師範の肩が揺れた

瞬きと共に新たな涙が頬を濡らす

「私を呼ばずに狩りを行ったことに気付いたのは、その生存者の存在があったからです」

ポタリ、涙を吸ったローブはより色が濃くなっている
頭を垂れてそれを見つめ、私は目を閉じる

「師範が連れていってくれた狩で、生存者はひとりもいませんでしたから」

囁きが、空気を震わした
彼はなにも言わない

ついに、ついに言ってしまった
どうして我慢できなかったんだろう
今更ながらに後悔が襲ってきて体が震える

彼は何よりも束縛を嫌うはずだ
私を毎回連れていかなければいけない義務などありはしないのに

続く沈黙の緊張に耐えきれず息を吸ったときだった
師範が手首を離し、私の頭を両手で掴み 持ち上げた
強制的に(無論マスク越しだが)視線を合わせられる

「俺が心配か」
「なっ!何で笑ってるんですか!?」

笑いを含む声色に拍子抜けしカチンと来る
笑わせるために、言ったのではない

怒る私を後目に彼はどこか嬉しそうに頭を撫でてくる

「そーかそーか心配なのか」

髪の毛をかき乱しながら、彼は続けた

「気持ちはありがたいがシドニー相手の時はお前を連れて行けない。これは俺とあいつの一騎討ちなんでね」

言い様のない不安が込み上げる
「でももしも、もしもそれで師範が死んでしまったら?」
「死なねーよ。俺が殺してあいつが死ぬだけだ」
自信満々な口調に気持ちが緩み何度目かの涙がこぼれた
「お前…泣きすぎ」
呆れたように手袋で頬を拭ってくれる彼のお前呼びに、先程の願いが頭を掠め頼んでみる

「ねえ、師範。名前、やっぱり呼んで欲しいな」

「フリージア、だろ」

あっさりと読んでくれた名前に頬を熱くさせながら、私は目を閉じて囁いた。

「ありがとう師範」

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