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□好きな名前をつけて。あなたの中で僕はその名前だけがほんとうになる。(国影)
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「あの時はごめん」と言ったら、「じゃあ、付き合って」と返された。
「はあ?どこに」と呆けた返事を返すと、「人生に」なんて真面目な顔で言われた。



影山の国見英に対しての印象はよく分からない奴、だ。
バレーはうまいし頭もいいし機械にも強い。ピアノもうまかった気がする。自分にできないことをできるという点では尊敬できるかもしれない。
では、尊敬する人なのかと聞かれたら首を横に振るだろう。国見になりたいと思ったことは一度もない。あんなに甘いものを常時持ち歩く感性は理解に苦しむし、常に眠そうなのは勘弁と思うし、バレーについての考え方だって合わない。
今だって、なんで自分のためにカレー屋に来ているのかもわからない。影山の記憶では国見は、カレーが嫌いではなかったと思うけど、特に好きでもないはずだ。

「影山」

目の前の国見が喋った。

「カレー届いたよ」
「おう」

店員からカレーを受け取ると、いい匂いがして急に空腹を感じた。
影山はカレーを口に運んでゆっくりと噛む。うまい。

「……」

こういうとき、影山と国見の間に会話はない。ただ二人で同じ事をするだけ。
ふと影山は、先日進路について先輩たちが話していたのを思いだして、国見に声をかけた。

「お前、大学どこ行くんだ?」
「どうしたの?いきなり」
「いや、難しいとこいくなら今から勉強しないとまずいって、菅原さんが言ってたから」
「…え、お前俺と一緒の大学行くの?」
「人生に付き合えって言ったのお前だろ」
「……」
「あれ、側にいろって意味じゃなかったのか?」

自信がなくなって、声が尻すぼみになっていく影山に、国見は無表情のまま、「それであってる」と返した。

「…違う大学行っても、同じところに住んでくれればいいから」
「おう」
「……」

かちゃんと何かが落ちる音がした。驚いた影山が国見の方を見ると、彼は表情を変えないまま、手に持っていたスプーンを床に落としていた。

「……本気?本当に一緒に住んでもいいって思ってる?」
「嘘ついてどうするんだよ」

本当に、わからない奴と影山は替えのスプーンを頼んでいる国見を見ながらカレーを口に入れた。
国見のあの時の目は本気だったのに、そして俺は、それにきちんと頷いたのに。何故、今更嘘と思うのだろうと、影山は訝しむ。
及川さんだったら、わかるのだろうか。とふと思った。前の試合の時に国見を笑顔にしていたのは、俺ではなくあの人だった。
胸がちくりとした気がして、影山は首を傾げた。いま思ったことのどこに胸が痛くなる要素があったのだろうか。
わからない。
もう一度国見を見ると、彼は新しいスプーンで黙々とカレーを口に入れていた。
そういえば、国見が自分の中でなんなのかもわからないなと影山は唸った。
影山のなかで及川は、面倒くさいけど“尊敬できる元先輩”で、日向は小さいけど頼りになる“相棒”だ。月島は口は悪いけど、悪い奴ではないし山口は優しくて努力家、二人とも“チームメイト”。
だが国見をそういうので説明しろといわれたら困る。元同じチームではあるけど“チームメイト”だったかといわれた
ら返答に困るし“相棒”ではない。ちなみに“性格のいい尊敬できる大好きな先輩”の菅原に、「金田一くんはお前にとってきっとライバルなんじゃない?」と言われて、ああと納得した覚えがある。国見も金田一と同じ様なものかなとも思ったけどじゃあ“ライバル”かと聞かれたら、何か違う気がする。多分金田一みたいに熱い性格ではないからだろう。国見のことを嫌いかと言われたらそうではないと即答するけど、好きかと聞かれたらちょっと悩む。
例えば影山は烏野バレー部のことが好きだ。うるさいときもあるけど、なんだかんだで寛容な二年生も、烏野バレー部を三年間支えてきた、貫禄ある三年生も“頼りになる先輩”だ。
烏養監督も的確な指示を出してくれる名“監督”だと思うし、武田先生も清水も谷地も、影で部活を支えてくれている。
みんな影山にとっては考えると心があったかくなる“大好きな存在”だった。
国見のことを考えても、心があったかく…はならない。むしろ締め付けられたり、妙にふわふわと心臓が浮くような変な感じがする。あと、胸がキュッてなったりたまにうるさく動いたりする。
それは、烏野のことを思っているときの穏やかな鼓動とは似てもつかなかった。だから、影山は判断したのだ。

「国見、俺お前のこと好きじゃない」

突然の言葉に、国見は特に傷ついた様子もなく、無表情でじっと影山を見た。そして抑揚のない声で「どうして、そう思ったの?」と聞いた。
影山がついさっきまで考えていた事を話すと、国見は「ふむ」と何かを考えるような仕草をし、唐突に、さっと身を乗り出すと影山の唇と自分のそれを重ねた。
それは一瞬の出来事でこの店にいた人達はみんな気づかなかったろう。
だが、影山は国見の唇が自分のそれと触れたコンマ一秒だけ、世界から音や色などが何もかも消えた気がした。国見が離れて、全てが戻ってくると同時に胸がドクンと脈打って、影山は、ああ、また、と胸に手を当てる。
国見とキスをするといつもこうなるのだ。昔母親としたときはこうはならなかったのに。自分は母親のことを普通に好きだから、国見のことはやはり好きではないのだなと、悲しくなった。

「嫌だった?」

自分の唇に手を当てて国見が聞いた。影山が首を横に振るとは満足そうに少し笑って、カレーが乗ったスプーンをこちらに向けた。

「お前にとって俺は“二人で過ごすのもキスするのも、一緒に住むのも、一生側にいるのも嫌じゃない、他の人みたいに好きではない存在”だよ」

なんだそれ、やっぱり意味わかんねえ、ぼやきながら、パクリ、国見に差し出されたカレーを食べる。
さっき自分が食べていたものと同じはずなのにそのカレーはとても美味しくて、影山は再び首を傾げた。

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