ぶっく

□色を失う
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倉持side


俺が野球をするために青道高校に入学して半年、先輩である亮さんに恋心を抱いた。
この気持ちを抑えきれずに言葉にしたのは想いに気付いてからそう間もなかったはずだ。

俺の言葉に少しも驚いた表情を見せず、淡々といつものあの笑顔のまま「付き合おっか」と言われた。
そんな亮さんに逆にこちらが驚いたのだが、それでも嬉しいことには変わりなかった。

これといって変わった様子は無かった。
何時ものように『鉄壁の二遊間』としての仕事をこなす、それだけ。

それに満足していたといえばそうだし、物足りないとも思った。
でも亮さんにこれ以上何かを求めるのは図々しい気がして。
それでずるずる何にもない関係が続いた。

その間を裂いたのは亮さんで、自主練中に二人っきりになった時のことだ。
いきなりだきしめられて、キスをされた。
何にも言えず、ただ茹でダコのように赤くなってしまった俺を亮さんは茶化すように笑って後ろを向いた。
その横顔から見える耳元がほんのり赤かったのを見て、胸が張り裂けそうになったのは1年が終わる頃のことだ。

それからも少しずつ恋人っぽいことをした。
抱き合ったり、手を繋いだり、二人っきりになれる時がある度にそうして過ごしていた。

今、亮さんはもう部活にはいなくて受験生だ。
夏のことを何時までも引きずっているようには見えないけど、心の何処かではまだ悔やんでいるんだと思う。

それでも俺たちのために練習に来てくれるのが嬉しくて、期待に応えたかった。
でも、練習時以外で亮さんと会える機会は減った。
勿論、受験勉強やら何やらで忙しいのは分かる。

だからずっとずっと我慢してた。
春が来て、亮さんがちゃんと進学して落ち着いたら二人でゆっくり過ごせれば良いと。
そう思ってたのに、違った。

卒業式の日、亮さんに呼び出された俺は指定された空き教室で待っていた。
「倉持」と心地よく心に響く声をかけられ、後ろを向くと亮さんがいた。

何時もならすぐにでも駆け寄っていたのに、この日は違った。
近寄れなかった、亮さんからは「近寄るな」と目が語っていたのだ。
俺の目に焦りが混じる。嫌な予感がするのだ。

「倉持、別れよっか」

亮さんから告げられた言葉は、付き合い始める時にかけられた言葉と同じくらい軽い調子だった。
「何で…」とやっと口から出てきた掠れた言葉は酷く弱々しかった。

「…もう、嫌いになりましたか?」
「違うよ」
「…俺なんかしましたか?」
「してないよ」
「じゃ、あ…何で!」

涙が止まらない、前が見えなくて、亮さんの顔もおぼろげだ。
そんな俺を亮さんは抱きしめる。
やめてくれ、触らないでくれ、と頭はそう言っているのに、体は亮さんを抱きしめ返していた。
優しく俺の頭を撫でる。

「大切だから、好きだから、別れよう」

今度の言葉は軽くなんかなくて、少しだけ声が震えていた。
それで分かった、亮さんが俺に言いたいことが。

「…試合、見に来てくれますか?」
「うん、いくよ」

する、と亮さんが離れていく。
俺は溢れる涙を拭って、笑ってみせる。

「今まで、ありがとうございました」
「…うんこちらこそ」

「もう行くね」と後ろを向いて去っていく亮さんを静かに見つめる。
ゆっくりと、景色が褪せていくように感じる。

輝いていた世界はもう見えなくなって、少しの間それが晴れることは無いのだろう。
完全に見えなくなった亮さんに向かって「好きでした」と呟く。

返してくれる声なんてなくて、俺はただ長い間ここに突っ立っていた。











『色を失う』
優しかったあの色を忘れたくない




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