短編夢小説 A

□雨宿り
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<美香ちゃん、会うの楽しみや。ミレニアムタワーの前で七時にええ子にして待っとき(ハート)>

お昼に真島さんからもらったメールを読んで、思わずにんまりしてしまう。今日は真島さんと三回目のデートだ。劇場前広場の映画館に連れて行ってくれるという。ケータイの時間を見た。七時十五分だった。
(真島さん、仕事が長引いてるのかなぁ……)

ミレニアムタワーの前は人が多い。OLやサラリーマンに混じって、派手な格好をした化粧の濃い女の人や、白や黒のスーツに身を包んだ茶髪の男の人が道を急いでいる。真島組が五十七階にあるミレニアムタワーを見上げた。

ケータイを取り出して、真島さんにコールしてみた。でも、聞こえてきたのは、
『おかけになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、かかりません』
というアナウンスだった。
(真島さん、どこにいるんだろう?)
私はケータイを握り締めて立ち尽くした。

時計を見ると、七時半を回っていた。私はエントランスの近くの階段に座っていた。真島組に真島さんのことを聞きに行ったほうがいいだろうか。私はエントランスを振り返っては、迷っていた。
「美香ちゃ〜ん」
遠くから声が聞こえた。もしかして真島さん?
急いで通りのほうへ走っていく。ネオンに照らされた真島さんが大股で歩いてくる。ダークグレーのスーツにワインレッドのシャツ、黒ののネクタイを締めている。いつもの蛇柄のジャケットとは雰囲気が違って、セクシーな大人の男という感じがする。胸が小さくトクンと高鳴った。

「待たせたなあ、美香ちゃん。緊急幹部会に呼ばれてしもうたんや。ずっと待っとって疲れたやろ?」
「ううん。大丈夫。でも、真島さんが遅いから心配しちゃった」
「スマンかったなあ。幹部会抜けられへんかったんや。ホンマ、メンドくさいでぇ」
「ふふっ。お疲れ様でした」
「ほな、今日は待たせてしもうたし、麻布で旨いモンでも食うか?車は待たせてあるんや」
「私……歩いてデートしたい。会うの久しぶりだし……」
俯き加減で言った。顔が赤くなるのを感じる。
「ホンマ美香ちゃんは可愛いやっちゃなあ。ほんなら、歩きにしような!」
真島さんはそう言うと、右手をすっと差し出した。手がすっぽりと大きな手に包まれる。あったかい。手袋越しに真島さんの体温が伝わってきた。

私と真島さんは、肩を並べて泰平通りを歩き出した。通りはネオンや電飾看板で明るく人通りも多い。怪しげな客引きがいたる所に立って声を張り上げている。仕事帰りのサラリーマン二人連れが、「ELIZE」 と書かれたピンクの看板の店にニヤニヤしながら入っていった。たぶんキャバクラだろう。

「ねえ、真島さんもキャバクラ行くの?」
「何や?いきなり。行くわけないやろ?」
そう言った真島さんの目は泳いでいる。
「嘘!」
「まあ、ホンマのこと言うと、取引先を接待する時は使うんや。つまらんとこやで」
真島さんは、頭を掻いてハァとため息をついた。
つまらないはずはない。真島さんが綺麗な女の人に囲まれて楽しそうにお酒を飲んでいるところを想像する。行ってほしくない。私は唇を尖らせた。

「美香ちゃん、どないしたんや?黙りこんで。何やその顔?俺がキャバクラに行く言うたんで、焼きもちでも焼いとるんか?」
真島さんは、ヒヒッと笑って私の顔を覗き込んだ。
「べ、別に、焼いてなんかないよ。お仕事なんでしょ?」
真島さんが、あまりに近くで見つめてくるから、吐息が頬にかかりそうだ。真島さんの視線から目が逸らせない。
「俺なあ、美香ちゃん意外、女に見えへんねやで」
「え?」
突然の告白だった。鼓動がいきなり高まる。私の心臓の音が真島さんに伝わってしまうのではないかと思う。頬が熱くなった私は、真島さんの手をぎゅっと握り締めて早足で歩き出した。

「おい、何急いどるねん?」
「私も……真島さんだけだから……」
「そんなん当たり前や。美香ちゃんは俺から逃げられへんのやで」

ニヤリと笑った真島さんは、私の肩に手を回して、ぐっと引き寄せた。真島さんは背が高いので、私の頭は肩に当たってしまう。真島さんのスーツは高価なものなのだろう。頬に当たると気持ちいい。私と真島さんは、再び歩き出した。劇場前広場まであと百メートルくらいだろか。
ふいに頬で雨粒がはねた。ポツポツと雨が降り始めた。私と真島さんは、急いで近くにあった松屋の軒下へと飛び込んだ。微量だった雨はだんだん、本降りになってくる。一気に路面が濡れて、雨に混じったアスファルトの匂いが込み上げてきた。

「美香ちゃん、これやったら、映画に遅れてまうなあ」
「うん……」
様々な色の傘を差した人たちが目の前を通り過ぎていく。
「せや!」
真島さんは、ジャケットをさっと脱ぐと、私の頭に被せてくれた。ふわりと香水の香りに包まれる。
「こうして劇場前広場まで走っていくでぇ!」
「え?でも、真島さんが濡れちゃう……」
「こんなん平気やわ。いつもは裸で歩いとるようなモンやからなあ」
口の端をクイッと上げた真島さんは、シャツを腕まくりして、もう走る気満々のようだ。真島さん、どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう。

私は、ジャケットの端をしっかり両手で握り締めた。
「ほな、行くでぇ!」
「うん!」
張り切ってはいてきた八センチヒールがカンカンと高い音を立てる。左側には真島さんが走っている。運動もできるのに、私に合わせて遅く走ってくれているのだろう。時々、私のほうを向いては、笑いかけてくれる。前髪から流れるように雨の雫が落ちてきて、それを右手で、ガシガシ拭いている。
(真島さん、頬も少し赤くなってカッコいい……)
劇場前広場の入り口が見えてきた。私はもっとこの瞬間が続けばいいのに、と思った。

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