短編夢小説 A
□褒めてくれや
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私はキッチンでから揚げを作っていた。
カウンターに置いてある時計を見ると、十時を過ぎていた。
真島さんは、現場のトラブルで遅くなるらしい。
「真島さん、から揚げ大好きだから、いっぱい作っちゃおう」
ジュッ、という音を立てて、鶏肉が油の中に沈んだ。鶏肉が泳ぐほどの油で、ゆっくりと揚がってゆく。香ばしい匂いがキッチンに漂ってきた。菜箸で鶏肉を油の中から取り出そうとした時だった。
ドアが開く音がした。
「帰ったで」
「あ、真島さ〜ん、今、揚げ物してて手が離せないの〜」
キッチンから声を張り上げた。それにしても、真島さんの声に元気がない。いつもなら、「美香ちゃん〜!帰ったでぇ〜」と大声で言ってくれるはずである。
(真島さん、ひょっとして、仕事で大きなミスがあったのかな……)
私は、から揚げをキッチンペーパーの上に置きながら、首を傾ける。
「ええ匂いやなぁ……」
真島さんがキッチンにやってきた。顔が疲れ果ているように見える。私は元気づけるように言った。
「真島さんが大好きなから揚げ、出来たよ!」
「そうかぁ……。嬉しいのぉ」
「ねえ、仕事何かあったの?」
「ポンプが壊れて現場が水浸しになったんや。後始末が大変やったわ。ま、俺が指揮して一段落着いたけどなぁ」
「お疲れさま〜。さすが真島さんだね!」
真島さんが優しい眼差しで見つめてきた。でも、その瞳は、どこか少し暗い色に沈んで見える。真島さんが私の後ろにすっと立った。
「なあ」
「うん?」
真島さん、後ろから私の肩に腕を回してきて、ゆっくり抱き寄せる。目の前では、細長い指が黒の革手袋に包まれている。蛇柄のジャケットの隙間から覗く素肌のぬくもりが背中いっぱいに伝わってきた。真島さんが私の髪をかき上げた。
「くすぐったいよ……」
「黙っとき」
真島さんの頬が私の頬に触れる。髭がざらりと当たった。
私は顔が火照ってきているのに気がついた。真島さんが耳元でささやいた。
「今日は、よう働いて疲れたわ。なあ、もっと褒めてくれや」
甘える真島さんを愛しく感じて、頬に唇を寄せた。