短編夢小説 A

□ゼロへトリップ
1ページ/2ページ

*「龍が如く0」発売前の設定です。

ゼロヘトリップ

私は、眠る前にある画像を見ていた。それは支配人の真島さんが、舞台裏で白い煙を漂わせる煙草を指に挟んでいる姿。その遠くを見つめる目からは、哀愁が漂っているようにも感じる。
「やっぱり、この真島さんが一番かっこいいなぁ……」
私はそう呟くと、にんまりした。
ふと、「おい!」という声が携帯から聞こえた。ついに真島さんが好き過ぎて空耳がしたか……。きっと疲れてるんだ。もう寝よう、と思い携帯を枕元にそっと置いた。瞼を閉じた瞬間だった。

「おい、何、俺のこと見とんねん!」
はっきり真島さんの声が携帯のほうから聞こえた。慌てて携帯を手に取ると、さっきの真島さんがこちらをぎろりと睨んでいる。何度も目をこすった。
やはり真島さんが私を見ている。
「なんで、いつも俺のこと見とんのや?訳言うてみぃ?」
「え?なんでって、あの……」

夢を見ているんじゃないか、頭が変になったんじゃないか、と混乱する中、口ごもった。真島さんが、意地の悪い笑みを浮かべている。ついに私は口を開いた。
「あ、あの、かっこいい……、から?」
「ほう」
真島さんが、吸いかけのタバコを灰皿に押し付けて揉み消した。
「こっち、来るか?」
真島さんが涼しい笑顔でこちらを見ている。すっと手が差し出された。それは細長い白い指。ふーっと吸い寄せられるように、私はその手を握ってしまった。

目を開けると、画像で見た舞台裏に立っていた。でも、さっき握った真島さんの手がない。なんて変な夢を見ているんだろう、私はがっくりと肩を落とした。
ため息しかつくことが出来なくて、後ろからそっと近づく気配に気付くことが出来なかった。
「よう来たなあ」

慌てて振り返ったそこには、ずっと、ずっと会いたかった真島さんの笑顔があった。
「真島さん!ど、どうして、私ここに?」
「お前が、俺の画像ばっかり見とるからや」
ヒヒッと、いたずらっぽく笑った真島さんは、目の前の扉を開けた。煙草とお酒の入り混じった匂いが鼻をつく。
「ここがキャバレー・グランドや。もう閉店しとる。ちょっと見るか?」
「は、はい」
私は、さっそうと歩く真島さんの後をついて歩いた。緊張して心臓の鼓動がばくばくと聞こえた。

グランドに入ると、あまりの豪華な内装に立ち尽くした。フロアは、赤いじゅうたんで敷き詰められていた。見上げると豪華なシャンデリアがいくつも輝いている。そして、アンティーク調のソファが百席以上あるのではないだろうか。
「おい、こっち来いや」
私はフロアの真ん中へ呼ばれると、真島さんの前に立たされた。すると、真島さんが、
「お客様は神様です」
と、落ち着いた声で言い、ひざまずいておじぎをした。顔を上げた真島さんが上目遣いでニヤリと笑う。私も、つられてクスクス笑ってしまった。

「いっつもこんなんで、ペコペコしとるんや。ホンマ俺らしゅうないでぇ」
真島さんは、ハァとため息をついたかと思うと、何かを閃いたようにこう言った。
「せや!今から晩メシでも食いに行かへんか?」
私は、緊張のあまりお腹なんて空いてなかった。だけど、せっかく真島さんとご飯を食べれるチャンスなので、
「はい!何でも」
と、即答した。

「せやなぁ。いつものお好み焼きでもええ?」
「はい!好きです!」
真島さんは、くすっと笑うと、蝶ネクタイをしゅるりと脱いで、颯爽と入り口へ向かった。
私はその背中を見つめながら、早足で真島さんを追いかけた。

道路に出ると、真島さんは私の腕をぐいっと掴んだ。腕を引かれながら、私は小走りで一生懸命歩く。
いろんな食べ物が入り混じった香りが鼻孔をくすぐる。
「今から行くお好み焼き屋なあ、ごっつ旨いんやでぇ」
「そ、そうなんですか」

私の少し先を大股で歩く真島さんは、ちょっと楽しそうに見える。だけど、私はだんだんと息が上がってきた。
「あの、真島さん、歩くのちょっと速すぎません?」
初めて真島さんは私を振り返ってくれた。
「おう、スマン、スマン」

真島さんが、パッと腕を放すと、私は膝に手を置いて、ハアハアと肩で息をした。真島さんが背をかがめて、私の顔を下から覗き込んだ。
「ほれ。今度は一緒に歩いたるわ」
目の前には真島さんの手。私が差し出した手は、すっぽりと大きな温かい手に包まれた。私はドキドキと高鳴る胸を抱えながら、また歩き出した。

カニ看板で有名な「カニ道楽」を過ぎた時、
「ここや、ここや!」
と、真島さんが嬉しそうな声を上げた。

庶民的な看板を掲げた小さな店だ。私は引っ張られるように店内へと入っていった。中は狭く、カウンターと座敷席がある。
「あ、吾朗ちゃん、いらっしゃい」
四十をいくつか超えた着物姿の女将が大げさに迎えてくれた。その笑顔は溢れんばかりで、男前にだけ向けられる笑顔のように思えた。私も、あんな分かりやすい顔をしてないだろうか。そう思うと恥ずかしかった。真島さんが座敷席へ案内してくれた。まずはビールで乾杯した。真島さんは、上着を脱ぐと、壁にずらりと貼られたメニューを見渡した。

「どれがええ?」
「じゃあ……、豚お好み焼きで」
「ほな、俺はいつものミックスや!」
しばらくすると、お好み焼きの材料が運ばれて来た。

「よっしゃあ!俺が焼いたるからなあ!」
真島さんは、白いシャツの袖を腕まくりすると、材料を手に取り、混ぜた具と生地を鉄板へ流し込んだ。ジューッという音とともに微かな蜃気楼みたいな熱気が立ち上がる。頃合を見て、
「そろそろやな」
と、ニッと笑って呟いた真島さんは、コテを生地の下に差し込み、手際よく裏返した。私は、「わ〜!すごい!」と、思わず手を叩いてしまった。
「こんなん当たり前やでぇ」
と、大声で言った真島さんは誇らしげに笑った。

出来上がったお好み焼きにソースがかけられた。
ジュワーッと音を立てながら、鉄板の上で飛び跳ねる香ばしいソースの匂いが店に広がるようだ。口の中に甘い唾液が溢れてくる。
「ほな、食うてみ?」
「じゃあ、いただきます」
一口食べた。
「熱ふ、熱ふ、おいひぃです」
「何や、猫舌かいな」
真島さんはそう言って、からかうように笑っていたかと思うと、
「俺のも食うてみるか?」
と、お好み焼きをのせたコテを私の口元に差し出してくれた。

「あ……じゃあ、いただきます」
「ほれ、口開けてみ。気ぃ付けて食べや」
「はい」
私はあまりの恥ずかしさに顔が熱くなった。思い切って一口食べると、口いっぱいシーフードの旨味が広がって、今まで食べたお好み焼きで一番美味しいものだった。でも、一番の美味しさの理由は、真島さんが焼いてくれて、食べされてくれたからだった。

店を出て少し歩くと、どこかの店からか、光GENNJIの「パラダイス銀河」が聞こえてきた。よく会社の先輩がカラオケで歌う曲だ。
テンポのいいリズムに思わず足取りが軽やかになる。
「本当にご馳走様でした!」
「ええんや。あないなモンで。なあ、他に行きたいとこあるか?」
「いえ、特には……」
「ほんなら、俺のとこでも来るか?」
「えっ?」
「ちょう遠いけどなあ」

ドキンと大きく心臓が飛び跳ねた。本当に真島さんの家に行っていいのだろうか。家に行くということは……。
「なあ、どないする?」
真島さんは立ち止り、背をかがめて私の顔を覗き込む。私はこの動揺を悟られないように、横を向いた。
「はい。行ってみたいです……」
頬が、かぁっと熱くなるのを感じた。

蒼天堀を抜けると、真島さんは道路へ飛び出しタクシーを止めた。後部座席へ乗り込むと、長身で手足の長い真島さんにとっては、窮屈そうに見えた。真島さんが、静かに頬杖をつき、ぼんやり流れる景色を眺めている。
街のネオンに照らされた彼の顔立ちは、はっとするほど美しかった。鼻は高く、涼しい切れ長の目も完璧だ。後ろで束ねられた黒髪が、動くたびにさらりと揺れる。
一言で言って、真島さんは息を呑むほどのハンサムだと思う。

いきなり真島さんが振り向いた。
「何じろじろ見とんねん。見とれとったんやろ?」
にやにやしながら、真島さんが笑いかける。
「いや、その……。す、すみません」
「せや、お前、名前なんちゅうねん?」
「あの、青山美香っていいます」
「美香か。で、何しとんねん?」
「普通のOLです」
「ほう」

真島さんは、また窓の外の景色へ目をやった。
「なあ、なんで美香みたいな堅気の女が俺みたいな男がええねん?」
「それは……」

かっこいいから?男らしいから?自分に正直だから?強いから?理由を言い出したら切りがない。鼓動は破裂しそうなほど速くなる。
大人しくさせようと頑張ろうとした私は、深呼吸をして、間を開けてこう言った。
「好きだから……」
「美香は、物好きやのぉ」
真島さんは、見透かしたようにニヤリと笑うと、シートに置いてある私の手に自分の手を少し乱暴に重ねた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ