般若の素顔と極道の天使A

□1. 羽田空港
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真島が、羽田の到着ロビーに息を切らせて着くと、白のニットワンピースにベージュのロングブーツを穿いた遥が、きょろきょろしながら立っていた。下ろされた髪が清楚な雰囲気を出しているが、前に会った時よりなんだかやつれて見える。

「遥ちゃん!」
真島が大声で呼びかけると、目に見えてぱぁと遥の顔が輝き、急いで駆け寄ってきた。
「真島のおじさん、会いに来ちゃってごめんね……。私、私……」
久しぶりに真島に会って安心したのか遥の目に涙がにじむ。真島は、そんな遥の頭をポンポンと優しく撫でた。
「何や、ちょう痩せたんちゃうか?大丈夫か?」
「うん……」
「まあ、どっか店に入ろか?朝メシは食うたんか?」
「まだ……」
「そうか。まずは、ちゃんと食うて元気つけなアカンな」

二人は、羽田空港に隣接されたホテルのレストランへ行くことにした。窓側の席に案内されて、遥はミックスサンドイッチとオレンジジュースを、真島はコーヒーを注文した。
遥は、窓の外に見える何体も待機している飛行機をぼーっと眺めている。
やがて、注文したものが運ばれてきたが、遥は、オレンジジュースを一口すすっただけで、サンドイッチに手をつけようとしなかった。
「何があったんや?」となかなか聞き出せない真島は、口に含んだコーヒーがいつもより苦く感じた。
煙草に火をつけ、俯いている遥をちらりと見て尋ねてみた。

「遥ちゃん、何で連絡くれへんかったんや?えらい心配したんやで」
「うん……実は……」
「おう」
「私が真島のおじさんに連絡するのを止めた日にね、私、居間で友達にメールしてたの」
「ほう」
真島は、身を乗り出して遥の話に聞き入っている。
「それでね、ちょっと台所に用事があって席を外した時に、メールが来たんだ」
「ほんで?」
「その返事の送信者を居間にいたおじさんがちらっと見ちゃったの」
「しっかし桐生ちゃんも、悪趣味やなあ」
真島は、身を反らせて顔をしかめる。
「で……その送信者の名前が、『真島のおじさん』だったの……」
「な、何やて……」
目を見開いた真島は煙草の灰がじりじりと長くなっていくのに気付かない。

遥が、オレンジジュースのグラスを両手で包んだまま、ぽつりぽつりと続ける。
「それからね、おじさんすごく怒っちゃって、『俺に隠れて兄さんと連絡を取り合っていたのか』とか……」
真島は、急いで煙草を灰皿で揉み消すと、
「ほんで、どうなったんや?」
と、はやる気持ちを抑えながら、前かがみになって訊いた。
「うん。もう連絡するな、って言われた。だから、見つかったら、大変だから電話もメールもできなかったの……」
「せやったんかあ」

天井を向いて、ふぅと長いため息をついた。
桐生は、確実に俺の気持ちに気付いているだろう。桐生と話をつけなければいけない日が間近に迫っている。
(覚悟を決めなアカンな……)

「真島のおじさん?」
遥の声にはっと意識を戻すと、大きな瞳とぱちりと目が合った。どきりと心臓が跳ねる。
「そ、それにしても、よう連絡してくれたなあ。桐生ちゃんにバレたらどないするんや?」
「大丈夫。通話履歴とか全部削除するから」
ふふっといたずらっぽく笑う遥が可愛くて仕方がない。フッと笑った真島は、
「悪い子やなあ」
と言って、自分の手を遥の頭の上にぽんと置く。

「ところで、遥ちゃん。今夜はどこに泊まるんや?」
「製菓学校の近くのビジネスホテルだけど」
「それまでは、何するねん?」
「遊びに行きたいかなぁ……」
遥は誘っているのだろうか。真島は、脈が速くなるのを感じて、遥の様子を伺うように尋ねた。
「俺と……か?」
「うん!」
弾けるような笑顔を見せた遥の手に、思わず真島は自分の手を勢いよく重ねる。
「ほな、今日は、ぱぁーっとどっかで遊ぼな!どこがええ?」
「う〜ん、神室町に行きたい!」
「なんで神室町やねん!他に高校生が好きそうな場所があるやんか。渋谷とかお台場とか」
「神室町には、小さい頃からおじさんとよく行ってたから、思い出がいっぱい詰まっているの。だから行きたいんだ」

真島は、なぜ桐生に叱られてまで、彼との思い出の場所に行きたがるのかと軽い嫉妬を覚えたが、
「ほんなら、ちゃんと食わなアカンでぇ」
と言って、サンドイッチを一切れ持って遥の口元に差し出した。
「う、うん。そうだよね」
遥は、わずかに頬を染めて、渡されたサンドイッチを受け取り口に運んだ。
真島は、ぬるくなったコーヒーを飲みながら、美味しそうに食べる遥を見て、頬を緩ませていた。

つづく

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