般若の素顔と極道の天使A

□2. クラブセガ
1ページ/1ページ

神室町に二人が着いたのは、一時過ぎだった。天下一通りには、軽快なクリスクリスマスソングが流れていた。真島の目にクリスマスの飾りが色鮮やかに飛び込んでくる。
大きなサンタクロースと雪だるまの人形を店頭に置いているコンビニ。色とりどりに飾り立てられたクリスマスツリーを置いている商店。軒先に可愛らしいリースも飾っている飲食店。
遥と一緒にいるからだろう。デコレーションを見ているだけで、子供の頃のように足取りが軽くなっていく。昨日一人で神室町を歩いた時、むしゃくしゃしていた自分が嘘のようだ。
遥の顔はみるみる明るくなって、視線を左右に移して通りを見渡している。そんな遥を見て、真島の胸も思わず躍り出した。
真島は、居酒屋が掲げるクリスマス限定メニューを嬉しそうに眺めている遥に尋ねた。
「遥ちゃん、どっか行きたいとこあるか?」
「そうだなぁ……。ゲームセンターがいい!」
「ゲームセンター?ゲームセンターは何十年も行っとらんのう。ほな……劇場前広場にあるのに行こか?」
「うん!」
遥の目の前に真島の左手がすっと差し出される。ずい、と伸ばされた遥の手は、ひんやりしていて、真島は温めるようにぎゅっとその手を掴んだ。

劇場前広場にあるクラブセガの前は、賑やかな音楽が流れていた。
真島は、ゲームセンターに入店した途端、ポカンと固まってしまった。
若い頃、兄弟分を連れてシマのゲームセンターを見回っていた頃は何十年だったか。
雰囲気はがらんと変わり、見慣れないゲーム機で埋め尽くされていた。
遥は真島の手を引くと、
「真島のおじさん、UFOキャッチャーしようよ!」
と待ちきれない様子で言い出した。もう、はちきれんばかりだ。
「あん?UFOキャッチャー?」
遥は、戸惑う真島を案内するように、軽い足取りでUFOキャッチャーの前へ手を引いて歩き出した。
「俺はせえへんけど、組で温泉旅行に行く時、若いモンが夢中になってやっとるわ」
「子供の頃ね、おじさんは一発でぬいぐるみを取ったこともあるんだぁ」
「まあ、俺のほうが仰山取れるけどなあ」
真島は、桐生だけには絶対負けられない、と闘志をメラメラと燃やす。

「よっしゃ、遥ちゃん、どれが欲しいんや?」
「う〜ん、三毛猫と茶色のくま、それと大っきいひよこも欲しいかも」
遥が、ガラスに両手を押し付けて、他のぬいぐるみも隈なく見つめている。
(もしかして、遠慮して三つしか言ってへんちゃうか?)
ふと思った真島は、横目で遥を見た後、店内をぐるりと見渡し、大声で店長を呼びつけた。
「おい!こん中のぬいぐるみ、全部でなんぼや?」
「そ、そう申されましても。こちらは商品ではありませんので……」
店長は、神室町で知らない人がいないくらい有名な真島ににらみつけられ震え上がっている。
目の前の予想もしなかった展開におろおろした遥は、思わず真島のスーツの後ろをくいっと引っ張って、口ごもりながら話し出した。
「真島のおじさん、私、全部も欲しくないよぉ。それに、一つ一つ取っていくほうが全然楽しいし……」
「あ?」と言って振り返った真島は、
「そんなモンかのぉ……。全部買うてやったら、遥ちゃんが喜ぶと思うたんやけどなあ」
バツが悪そうに後ろ頭を掻く。どうやら作戦失敗のようだ。
「よっしゃ」と思い立った真島は両手を握り締めて、
「ほんなら、遥ちゃんのためにも、いっちょやったろやないか!」
と店内に響き渡る声で宣言した。
その声にビクっとした遥は、大きなため息をついて、ほっと胸を撫で下ろしていた。

こうして真島の何十年ぶりのUFOキャッチャーがスタートした。
「まずは、なにか欲しいねん?」
「う〜ん、じゃあ、あの三毛猫!」
「ほな、このボタンやな」
ボタンを押すと、メロディーが流れ出した。クレーンが横に動き出す。
(どうやったら取れるやろか……?)
そう考えている間に、ガクンとクレーンが一番端っこまで行ってしまった。
非常にかっこ悪い。
「あっ……」
と声を漏らした遥は、見てはいけないものを見たかのように、さっと瞳を伏せる。
(クソ!)
と焦った真島が、落ち着いてクレーンの先に視線を向けると、遥が欲しいと言った茶色のくまが見える。
まだチャンスはあった!
「は、遥ちゃん、くまも欲しかったやろ?先にソイツを取ったるからなあ!」
「うん……」
真島は勢いよく縦のボタンを押す。
「これで、どや!」
真島がボタンから手を離した瞬間、ピロピロ♪とクレーンが下りていき、ツメがくまの頭を掴んだ。くまは微かに動きながら移動し、取り出し口の寸前まできた。が、その途端、ぽとりとくまが落ちてしまった。
「なんでやねん!」
「あ〜」
がっかりした声を上げた遥が、不満そうな顔でくまを見ている。
真島は、くまを睨みつけながら、ガラスをガンと叩いた。
「このボケ!俺に喧嘩っ売る気やろ!」
「真島のおじさん、落ち着いて!まだ二回残ってるし」
遥が真島を見上げて、精一杯の笑顔を向ける。

それから八回挑戦した真島だったが、ぬいぐるみは惜しいところでキャッチできずにいた。
ぎりっと奥歯を噛み締めた。苛立ちと恥ずかしさでボタンに添えた指がカタカタと音を立てている。
(なんで取れへんのや!メッチャかっこ悪いやないかい。全部買うたほうが、よっぽどマシやったわ!)
「真島のおじさん……もう止めようよ」
遥が、頭に血が上った真島の顔をちらりと見て、不安そうな顔を向けた。

これ以上かっこ悪い姿を遥に見せる訳にはいかない。
真島は、遥が一番欲しいと言う三毛猫にもう一度視線を移した。
じっと目を凝らすと、横になっているその猫のお尻にタグがついた輪が通してある。
「あれや!よっしゃ、遥ちゃん。今度こそ猫を撮ったるでぇ!」
「えっ?う、うん……」
期待が感じられない声で答えた遥は、小さくため息をついて、ゆっくりと三毛猫に視線を向けた。
真島が横のボタンを押すと、何度も聞き飽きたメロディーが流れ出す。ちょうど猫の上でクレーンが止まった。縦のボタンを押して手を離すと、クレーンは猫の真上だ。
「今度こそ勝負や!」
クレーンが下りていき、ツメが猫についた輪にくいっと差し込まれた。そして、上下さかさまになった猫は、左右に微かに揺れながら取り出し口まで無事に運ばれてきたのだ。

「やっぱり俺は天才やろ!」
真島はぬいぐるみを取り出すと、ドヤ顔でぽんと遥に猫を渡した。
「すごい!真島のおじさん、こういうの無理かと思ってた。ふふっ。私、大事にする!」
遥は、思わず真島の腕にしがみつき、キラキラした瞳で彼の顔を仰いでいる。
「こんなん当たり前や!まあ、ホンマは今までのは手慣らしやったんやけどなあ、ヒヒッ」
真島は、満足そうに笑いながら、二の腕に柔らかいものが当たっているのに気づいた。瞬時にそれが何かと分かると、自分の動揺が激しくなるのを感じた。
なんとか気持ちを集中させた真島は、持ち前の勘の鋭さで流れるように遥の欲しかったぬいぐるみを全て獲得していった。

UFOキャッチャーを終えた時、遥は両手いっぱいにぬいぐるみを抱えて、無邪気な子供のような屈託のない笑みを浮かべていた。
「真島のおじさん、ありがとう」
「ええんや、こんなモン。次、何かしたいモンあるか」
「う〜ん、じゃあ『太鼓の達人』!」
「何やそれ?」
「いいから、こっちこっち!」
遥は真島の手をぐいぐい引っ張ると、窓際に置いてあるゲーム機へと連れて行った。
真島は、遥に手を引っ張られながら、目新しいゲーム機を次から次へと試した。何十年ぶりにゲームをしても、勝負となると、子供のようにムキになってしまう。大人気ないと遥にも笑われる始末だ――。
だが、そんな遥も、真島に負けじと必死になってプレイしたのだった。

店内をぐるりと見渡した真島は、
「これで大体回ったんちゃうか?」
と遥に尋ねた。ふと、遥が顔を赤らめて俯き加減になった。
「どうしたんや、遥ちゃん?」
「あ、あのね……記念にプリクラとか、撮りたいな」
耳まで赤くなった遥が上目遣いで真島を見上げている。
真島の鼓動がどきりと鳴った。顔も熱くなっていくのも分かる。
(遥ちゃんはそないに俺とおることが!!)
顔が火照った真島は、
「お、おう。それ、写真撮るヤツやろ?おっしゃ、一緒に撮ろな」
真島は、髪をせかせか掻きながら、プリクラ機を探そうとした。
嬉しそうにはにかんだ遥は、
「こっちだよ!」
と弾んだ声を上げて、真島の手をぎゅっと握り、フロアの奥へ連れて行った。

カーテンを開けて、プリクラ機に入ると、部屋の電気みたいな照明が左右に設置され、後ろにはCG合成用の緑の布が張られていた。
「えっらい、明るいんやなあ!」
と真島が目を丸くして驚いた声を上げた。女の子の香水の匂いも微かに漂っている。
しばらくボックス内を珍しそうに見渡していると、遥が慣れた手つきで、ゲーム機に硬貨を入れた。

『好きな背景を三つ選んでね♪』
パネルいっぱいにガーリーなフレームがずらりと並んだ。女の子が好きそうな音楽が流れる中、真島はどれも同じに見えて、何を選んでいいのかさっぱり分からない。
「ねえ、真島のおじさん。どれにする?」
遥がうきうきした様子で、真島の顔を覗き込んで尋ねてくる。
「せやなあ。遥ちゃんが好きなんでええんちゃうか?」
「もう、ダメだよ。一緒に選ぶのが楽しいんだがら」
遥がぷっくり頬を膨らませる。
「せ、せやな。ほな、この白黒っぽいヤツにするか」
「うん、分かった!あとはこれとこれでいいかな?」
「おう、ええで」
パネルをタッチしながら、素早く選んでいく遥を見て、
「遥ちゃん、よう慣れとるんなあ」
「学校の友達とよく撮ってるから」
(男ともか?)
真島は、今にも口をついて出てきそうな言葉をギリギリのところで飲み込んだ。

『撮影するよ♪』
音声とともに、画面にポーズの見本が現れた。
『可愛くピースしてね♪3、2……』
「えっ、これするんか!?」
「早く、おじさんもして!」
「こ、これはアカンで!」
遥を見ると、顔と頭の横で両手ピースをして、にっこり笑っている。真島はおずおずと胸の前でVサイン作った。昭和生まれの真島にとって、ピースとは胸の前でするのが普通なのだ。
『1』
遥がいきなり距離を詰めてきた。肩と肩がコツンと触れ合う。
カシャッ。
『こんな風に撮れたよ♪』
画面に、引きつった表情の真島と、寄り添うようにダブルピースする遥の写真が現れた。真島は熱くもないのに、変な汗が背中をツーッと流れるのを感じる。

『ほっぺに手を当てて、可愛く決めちゃお♪3、2、1……』
遥が頬を両手で包んで、アヒル口をしている。いつも以上に可愛いく見えて、鼓動が騒がしくなる。
(ハァ……これもせなアカンのか)
真島は、仕方なく手を頬に当てて、ニッと笑う。こんな姿は死んでも組員に見せられない。
カシャッ。
『こんな風に撮れたよ♪』
乙女なポーズをしているのに目が笑ってない真島と、可愛く決まっている遥が画面に映し出されている。
「真島のおじさん、顔怖いよ〜」
「しゃあないやろ。メッチャ恥ずかしいんやで」

『顔をくっつけて手でハートを作って♪3、2、1……』
真島は見本のポーズを見て、目を見張ったまま固まった。
こんなポーズできるはずがない。心臓がばくばく鳴り出す。
「真島のおじさん、早く!」
遥は、画面を向きながら、片手でハートの半分を作って促す。
なぜ遥はこんなに積極的なんだろう。やっぱり自分は男として意識されていないんだろうか。
そんな思いが頭をかすめたが、真島はためらいながらも、遥の微かに赤く染まった頬に自分の頬を当てた。
(アカ〜ン。なんちゅう柔らかさやねん!)
全身の血が沸騰するのを感じつつ真島も、指を広げて遥の指に合わせる。
カシャッ。
『こんな風に撮れたよ♪』
画面には、照れたような固まったような笑みを浮かべる真島と、今までで一番の笑顔を咲かせた遥が写っていた。

隣のボックスに移動して『らくがき』がスタートした。
真島は、ペンを恐る恐る手にとって、画面に目を向けた。
画面には、今撮影したプリクラの画像が映し出されていて、周りにらくがきするためのアイコンが並んでいる。
「これ、どないしたらええんや?」
「おじさんが、好きにらくがきしてくれたらいいよ」
ペンを持って固まっている真島をよそに、遥がにこにこしながら、らくがきをしている。ピンク色でハートマークを何個も描いたり、スタンプというハンコもぺたぺたと押している。
最後のショットには赤い大きなハートを一つ描いていた。まるで「二人は両思い」と言っているように。
「真島のおじさんも何か描いて」
「せやなあ。ほな……」
真島は迷った挙句『真島と遥』と描いた。
「何それ〜」と言いながら、遥が嬉しそうにふふっと笑う。

『シールが出てくるよ♪』
シールを取り出した遥は、二枚のうち一枚を真島に渡してくれた。自分で見ても気持ちが悪い乙女なポーズがふたつと、遥と頬を寄せ合っている大きいひとつ。
「私、これお財布にお守りみたいにしまっとく!真島のおじさんはどっかに貼るってくれるんでしょ?」
ギクリと身を固めた真島は、
「せ、せやな〜。どこがええんやろ」
と言いながら、視線を泳がせる。
「嘘だよ!」
「なんやねん。どこに貼ろうか真面目に考えてしもうたわ。ほんなら、俺も財布に入れとくで」
黒の革財布をポケットから取り出すと、折り目がつかないように、そっとシールをしまった。
遥も、はにかんだ笑みを浮かべながらシールを財布に入れる。

「ねえ、真島のおじさん、これ二人だけの秘密だからね」
「おう。約束やで」
ぽんぽんと遥の頭に手を乗せた真島は、携帯の時計を見た。まだ三時半だ。真島は思いついたように話し出した。
「せや、これからどないする?」
「そうだなあ。おじさんとはカラオケとかによく行ってたけど」
「桐生ちゃんには、余裕で勝つわ!俺、満点よう出すんやでぇ!」
「すご〜い。でも、私も結構満点取ってるかも」
「ほな、勝負やな」
「うん!」
遥の歌声を楽しみにする真島は、彼女の手を引くと、大股でカラオケ館へと向かったのだ。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ