般若の素顔と極道の天使A

□4. 告白
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二人は、いつも以上にイルミネーションが施されている泰平通りを手を繋いで歩いていた。
立ち並ぶ店の前に立つキャッチも、サンタクロースの衣装に身み、飲み会帰りのサラリーマンを呼び込もうと声を張り上げている。
遥は、キャッチの声を気にかける様子もなく、興味津々といった表情で真島の顔を覗き込んだ。
「ねえ、見せたいものって何?」
遥は、子供のように瞳を輝かせて、真島を穴が空くほど見ている。
「まあ、お楽しみやな」
「え〜。気になる」
「行くで」
真島は、にやっと笑うと、遥の手を力を込めて握り、歩調を少しだけ速めた。

ミレニアムタワーの前に着くと、真島の足がぴたりと止まった。
まだ八時過ぎなので、往来を行きかう人々が通りに溢れている。
「ここや」
「えっ……て、ミレニアムタワー?」
「せや」
真島が、含み笑いを浮かべて答えた。
遥は、そびえたつミレニアムタワーをぽかんと口を開けて見上げている。
ミレニアムタワーに真島組の事務所があるのを思い出しているのだろう。子供の頃、桐生と立ち寄ったことがあるからだ。
「真島のおじさん、事務所に何か用事があるとか?」
「そう思うやろ?関係あらへんで」
真島が、にんまり笑いながら、大げさに手を振って見せる。
「え……じゃあ、何?」
遥が不思議そうな顔をして、小首を傾けた。
フッと笑った真島は、遥の頭に手をぽんと置くと、
「早う、ついて来ぃや」
と言って、遥の手を引っ張るようにして大股で歩き出した。

エレベーターに入ると、真島は最上階のボタンを押した。
ふと見ると、十代くらいのカップルが隅に立っていて、彼氏が彼女を後ろから抱きしめていた。
カップルは、手を繋いで入ってきた真島と遥にちらちらと視線を寄こす。
上昇するエレベーターの中で、遥は真島のほうに身体を向けると、顔を曇らせて目を伏せてしまった。
(何やねん。アイツら)
ムカついた真島は、カップルに眼を飛ばした。
途端、二人はぎょっとした様子で頬を引きつらせ、一瞬で視線を逸らせてしまった。
真島は、安心させるように繋いでいた遥の手をジャケットのポケットにさっと入れた。
「えっ?」
遥が驚いて見上げると、真島はにこりと笑いかけた。
遥は、ぱっと顔を赤めると、恥ずかしそうにうつむいて、真島の手を柔らかく握り返したのだった。

最上階に着くと、真島はポケットの中に遥のぬくもりを感じながら、屋上へ続く階段を上って外に出た。
突風が吹きつけ、寒さが肌を刺す。
遥は、ぎゅっと目をつむって、片手で自分の身体を抱いていた。
真島は、さっとスーツのジャケットを脱ぐと、守るように遥を包み、肩をぐいっと引き寄せた。
「これで少しはマシになるはずや」
「でも、真島のおじさんが寒くなっちゃうよ!」
風に負けないように、遥が声を張り上げ、白い息が暗闇に溶けた。
「これくらい平気や。いつも素肌にジャケット着て、裸でおるようなモンやからなあ」
ヒヒッと笑い、肩を強く抱くと、遥が真島の腕に隠れるように顔を埋めた。
ヘリポートの上では、ライトがオレンジや緑色に点滅している。
腕から少し顔を出した遥は、そのライトに目を奪われているようだ。

手すりの手前で、カンカンと鉄を叩く足音が響いた瞬間だった。
眼下にきらめく夜景が広がっているのが見えた。
まるで空にある星を全て地上に散りばめたかと思うほどにまばゆい。
車のライトも、光の洪水のようだ。
真島は手すりに片手をついて、夜景をじっと眺めた。
「これが見せたかったんや」
「す、すごい。星みたい……」
「せやろ。この星は遥ちゃんのモンやで」
ヒヒッと小さく笑った真島は、背をかがめて遥の顔を覗き込んだ。
まぶしい笑みがこぼれた。遥の瞳は、冬の星座のようにきらきらと輝いている。
ゆっくり手すりを握った遥は、百八十度見渡しているようだ。
真島は、遥の肩を抱く腕に力を込め、もう一度夜景に視線を向けた。
「俺にはなあ、遥ちゃんのほうが、この光りより輝いとるんやで」
「えっ……?」
「なあ、遥ちゃん。遥ちゃんは、桐生ちゃんの大事な娘みたいなモンや。俺は遥ちゃんの保護者になるように頼まれとる。年も親子ほど離れとるし、保護者ちゅうのも、よう分かっとる。せやけどなあ、俺はもう我慢できへんのや」
真島が、ゆっくりと遥に視線を移すと、透き通った瞳と視線が絡み合った。

「俺なあ、沖縄で会うた時から、遥ちゃんのこと好きやったんや」
「真島の……おじさん」
真島が、遥のひんやりした手を温めるように手で包み込む。
遥は、その手に視線を注いでから、赤い顔を隠すようにうつむいた。
そして、ゆっくりと顔を上げてから、口を開いた。
「あの……私も好き……」
遥の瞳がじわっと潤む。
その瞳に吸い込まれそうになって、真島の胸が激しく音を立て始めた。
息ができない。
もう抵抗できない。
真島は、吸い寄せられるように顔を寄せると、そっと唇を重ねた。
驚くほど柔らかい唇。
そっと目を開けると、長いまつ毛が目の前にあって、顔が一気に火照っていくのが分かった。
首筋まで赤くなった遥は、真島の顔がゆっくり離れると、彼の肩口に頭を預けた。
真島が遥の頭に顔を寄せた。
甘い匂いがふわっと鼻先に広がる。
真島は、ぽんぽんと頭を撫でて、さらりと滑る長い髪を指で何度もすいた。
二人は何も喋らずに、しばらく揺れる夜景を眺め続けていた。
まるで話さずとも、互いの心が通じ合っているみたいに――。
真島は遥の肩をしっかり抱き寄せた。
「このまま、時間が止まればええのになあ」
「うん」
遥は、真島の腕の中で小さく頷いたのだった。

エレベーターに乗って地上階まで降りた二人は、指を絡めて手を繋ぎながら、大通りを目指していた。
「私、もうちょっとおじさんと一緒にいたいなぁ」
「俺もそうやけど、もう遅いやろ」
真島は携帯の時間を確認した。
九時半を過ぎている。
「明日は学校で何やらがあるんやろ?ホテルで準備したほうがええんちゃうか?」
「あ〜、そうだぁ。オープンキャンパスがあるんだった」
遥がすねたように唇を尖らせて、つまらなそうな顔をした時、突然バックから携帯が着信音が響いた。
急いで携帯を取り出すと、液晶に表示された名前は「おじさん」だった。
真島も、ちらりとその携帯を覗いていた。
(やっぱり桐生ちゃんか……)
遥は急いで通話ボタンを押して、携帯を耳に押し当てた。
「うん、大丈夫……今、ホテル近くのコンビニにお菓子とか買いに行くとこ」
遥が、ぎこちない笑みを浮かべて話している。

――その瞬間だった。
「「親父、お疲れ様です!」」
通りかかった真島組の組員が、よく通る太い声で真島に頭を下げた。
「ボケェ!大声出すなや!!」
と真島が声をひそめながら、組員を蹴り上げた途端、遥の様子がおかしくなった。
焦ったように必死で首を横に振っている。
「えっ?違うよ。本当一人だって!……なんで?……ここに真島のおじさんがいるワケないよ」
真島が携帯に近づくと、桐生の低い声が漏れている。腕を組んで宙をにらんだ。
(やっとこの時が来たようやな)
「遥ちゃん、携帯貸し?」
「えっ……でも」
遥から携帯を奪うと、力強く握り締めた。

真島は、ついに覚悟を決めた。
桐生と決着をつけるということを――。

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