般若の素顔と極道の天使@

□1. 沖縄へ
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アジア屈指の歓楽街、東京・神室町。この神室町の中央に六十階建ての巨大ビル、ミレニアムタワーがそびえ立っている。このビルには店舗やオフィスが入っていて、五七階に事務所を設けるのが、東城会直系真島組だった。

東城会とは、関東一の暴力団組織であり、真島組はその中でも最大の組だった。その理由とは、真島組が建設業を営んでいるからである。組長室では、組長の真島吾朗は、山のような仕事を抱えていた。いつもは、どんなに多くの仕事でもこなす真島だが、八月のうだるような暑さで、はかどらない状態でいた。最近、食欲もなく、ついに自分も年を取ったのかと思い知らされる。

こんな中、いつも相談相手になってくれる渡世の兄弟である冴島は、網走刑務所で服役中である。真島は、黒の革張りのソファに深く座って、テーブルに足を置いている。
(ハァ……もう若かったあん頃には戻れんのかのぉ。昔に戻れるような刺激はないんか……)
宙を見つめて考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「入れや」
「親父、ちょっと見てほしいものあって」
入って来たのは組員の西田だった。
「何やねん。早よ見せろや」
「これなんスけど。前にうちの組が関わった沖縄リゾート開発の資料、もう全部始末してもいいッスか?」
真島の目に白い砂浜とオレンジ色の夕日の画像が飛び込んでくる。
「そんなん当たり前に決まっとるやないけ。そないなこと、いちいち聞くなや、ボケ!」
「すみませんでした!」

西田が慌てて部屋を出たあと、先ほど見た美しい沖縄の風景が瞼に浮かんだ。沖縄といえば、真島と兄弟同然の仲の桐生が住んでいる。桐生は、元東城会四代目会長であり、崩壊の危機だった東城会を再びまとめ上げた伝説の極道とも言われている。真島は、彼を可愛がると同時にライバル視もしていた。桐生は、現在、極道から足を洗い、沖縄でアサガオという養護施設を営んでいた。

「そや、桐生ちゃんなら、今の俺に力を絶対くれるはずや……」
真島は呟くと、急いで組長室を出て、資料をシュレッダーにかけている西田に命じた。
「おい、西田。今日行ける沖縄行きのチケットを手配せぇ!」
「親父、今日金曜日ですけど、何か仕事が入ったんスか?」
「ちょっと桐生ちゃんに野暮用じゃ。はよ、つべこべ言わんと、予約せんか、ボケ!」
こうして西田にチケットを予約させた真島は、急いで沖縄へ発った。

真島は、那覇空港へ着くとタクシーで琉球街へ向かった。タクシー内から外を見上げると、抜けるような青空と白く輝く浜辺が広がっていた。琉球街に着いたのは、二時過ぎだった。頭の上から太陽がじりじりと照りつけてくる。しばらく街を歩いて回った。

だが、通り過ぎる人々が、怯えた表情でチラチラと彼を見てくる。それもそのはずである。彼は、長身でテクノカットに髪を整え、左目に白蛇が描かれた黒い眼帯をつけ、首元に金のネックレスが光らせている。そして、黒革のパンツの上には蛇革のジャケットを素肌に羽織り、その下に覗く胸には鮮やかな刺青と割れた腹筋が見えていた。

そんな視線に構うことなく、真島はアサガオへ向かうモノレールに乗った。下車すると、左手に真っ青な海と白い砂浜が広がっている。真島が心地良い波音を聞きながら、しばらく歩いていると、前方に麦わら帽子を被り、空色のワンピースを着た若い女が、のろのろ歩いていた。右肩には、野菜が飛び出たエコバックをかけ、左手にはトイレットペーパーを何ロールもぶら提げている。

「えらいぎょうさん買物しとるのぉ」
真島は、足早に少女に追いつくと、
「おい、姉ちゃん、その荷物、持ったるでぇ」
と声を掛けた。女はキッと睨みながら、振り返った。

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