般若の素顔と極道の天使@

□4. 刺青
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翌朝、目覚めた真島は、木造の天井を見て、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。
「そや!アサガオにおるんやった……」
壁の時計に目をやると、五時半だった。窓から早朝の涼しい風が吹き込んでくる。真島は、桐生が用意してくれたスウェットのグレーのパンツと黒のTシャツに着替え、浜辺へ出た。中年になると、ダブつきやすい体。

真島は、トレーニングのために海岸沿いへ向かった。浜辺に出ると、潮の香りの乗せた海風が心地良い。真島は波音を聞きながら、波打ち際をゆっくり走りだした。三十分ほど経っただろうか。遠くから「真島のおじさ〜ん」と声が聞こえる。振り向くと、デニムショートパンツに白のTシャツを着た遥が手を振っている。遥の左手には、リードに繋がれた柴犬も見える。

(なんちゅう格好してんねん。目のやり場に困るやろう……)
真島は困惑した。遥が、犬と一緒に真島のもとへ走ってきた。

「ハァハァ。真島のおじさん、おはよう!ずいぶん早起きだね。ジョギングの邪魔しちゃった?」
「いや、ええんや。遥ちゃんこそ早起きやな。その犬の散歩か?」
「うん!この子ね、アサガオで飼ってるマメっていうの。可愛いでしょ?」

しゃがみ込んだ遥は、マメの頭を撫でながら、大きな瞳で真島を見上げて微笑んだ。胸の鼓動が速くなる。
「そ、そやな。遥ちゃん、ちょっと海でも見ながら、休憩でもしよか?」
「真島のおじさん、もう疲れちゃったの?ふふっ、いいよ。そうしよ?マメもお座り!」
遥は、赤いビーチサンダルを脱ぎ、浜辺の感触を楽しんでいる。爪先には、淡いピンクのペディキュアが綺麗に塗られていた。

真島は、横に座った遥のショートパンツから覗く太ももをチラリと見た。透き通るような色白で、まるで陶器のようだ。鼓動が突然ばくばくと騒ぎ出した。真島は触りたいという衝動にかられた。こめかみから一筋の汗が流れる。

(アカン。何考えてんねや……)

真島は、火照った身体を冷ますため、Tシャツの胸元を引っ張るようにして風を送った。
「なんや、ちょっとしか走ってへんのに、暑っついなぁ。このTシャツ、脱いでもええか?」
「うん、いいよ。おじさんなんて、しょっちゅう脱いでるもの」
遥はそう言って、くったくのない笑顔を見せた。真島の衝動が静まっていく。胸を撫で下ろした真島は、汗のにじんだTシャツをゆっくり脱いだ。
背中に鮮やかな般若の刺青が現れた。二本の角を生やし大きく裂けた口を持つ鬼が、怒り狂った形相で目を光らせている。遥はそれをじっと見た。極道に知り合いが多い桐生に育てられたため、刺青は怖くないようだった。しばらくすると、遥があどけない笑顔で尋ねた。

「ねぇ、真島のおじさん、この般若の顔、ちょっとだけ触ってもいい?」
それを聞いた真島は、大きく目を見開き、遥の目をじっと見つめた。その視線は、まっすぐ自分へ向けられている。たじろいだ真島は、両手を後ろについて、上体を後ろに倒した。

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