般若の素顔と極道の天使@

□5. 指
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「な、なんやて?そんなに般若が珍しいんか?」
「うん。それとね、私、子供の時、おじさんの刺青を触って遊んでたんだ」
「桐生ちゃんの背中の龍は、立派なモンやからなぁ」
「だから、今度は真島のおじさんの番」
「遥ちゃんは、物好きやのぅ。しゃあない。まあ、好きなだけ触ってみ」

一見、落ち着いたように振舞っていた真島だったが、内心はとても動揺していた。遥の細くて白い指と貝殻のような淡いピンクの爪。その手が触れるかと思うと、真島は「なんで、十七歳の誘いを断られへんかったんや」と、後悔しつつも、それを強く求めている自分がいた。

遥は真島の後ろへ回った。人差し指であろう微かな体温が、背中の般若にそっと触れる。真島は全神経を背中に集中させ、静かに瞼を閉じた。
「ここが角、ここが目……」
描かれている般若をなぞるように遥の指が動いている。真島の鼓動がいきなり高まった。自分の心臓の音が遥に伝わってしまうのではないかと思うぐらいに一気に心拍数が当たり、ひとつひとつはっきりと激しく脈打っていた。

「そして、ここが鼻、そしてここが大きな……くち!」
遥の指が離れた時、真島は身体が芯からどんどん熱くなっているのを悟られまいと必死だった。遥は
「なんだか、この般若、笑ってるみたいだね」
と、真島の後ろで無邪気に笑っている。
「遥ちゃんに触ってもろて、嬉しいんとちゃうか?」
真島も遥につられて苦笑し、あぐらの上で両手を強く握った。

遥は真島の横に再び座った。マメもおとなしく遥と真島の間に座っている。
「ところで、真島のおじさんの刺青は、おじさんや冴島のおじさんのと違って、腕や前にもあるね。すごい迫力がある!」
「あん?なんで遥ちゃんが、兄弟の彫りモン、知ってんねや?」
「あのね、私が初めて冴島のおじさんに会った時、海で倒れていたの」
「あぁ……、沖縄第弐刑務所から脱獄した時のことやな……」

真島は一瞬、遠い過去を思い出す眼差しになった。冴島の奪われた歳月を思うと今でも胸が痛む。二十八年前、冴島は、東城会で起きた事件に巻き込まれ二十五年間、東京刑務所に服役し、その後、沖縄第弐刑務所に移送されたことがあったのだ。遥は話を続ける。
「その時、おじさんが冴島のおじさんを助けて、応急処置してあげたんだ。それで、私も看病したんだけど、ちょうど、冴島のおじさんが起き上がったとき、包帯の間から虎の刺青が見えたんだぁ」
「せやったんか。兄弟は、遥ちゃんに助けてもろて、今でも感謝しとると思うで」
真島は、遥に優しく笑いかけた。朝日はかなり高くまで昇り、目の前の海をオレンジ色にキラキラと照らしている。

「さっ、そろそろ帰ろか?みんなが心配しとったらアカンしな」
真島はそう言うと、両ももをパンと勢いよく叩いて立ち上がり、Tシャツを手に取った。その時、遥がマメのリードを真島にポンと手渡したのだ。
「はい。今度は真島のおじさんが、マメを散歩してね!」
「あ?」
きょとんとした顔をする真島を残し、遥は走り出した。マメも遥を追いかけて走り出す。その引っ張る力強さに、真島は思わず転びそうになった。遥は振り返り、
「真島のおじさん、マメはすっごく強いんだよ〜」
と、いたずらっぽく笑って、右手を振っている。
「俺より強いモンがおるか、アホ!」
真島はムキになって遥を追いかけた。誰もいない砂浜に、二人の足跡が点々と続いていた。

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