般若の素顔と極道の天使@

□8. 桐生との約束
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         ◆

約半年前、身体の不調を訴えた桐生は、精密検査のため神室町の東都大病院に入院していた。静まり返った部屋で桐生が横になっていた時だった。
ノックもなしにドアが開き、一人の見舞い客が現れた。

「お邪魔すんで〜」
「真島の兄さん!」

真島が部屋を見渡すと、見舞いの花が壁一面に飾られている。送り主は、東城会の会長である堂島や幹部、神室町にあるなじみのバー・ニューセレナのママ、刑事の伊達などだった。真島が花に顔を近づけると、バラやユリの香りが鼻腔をくすぐった。

「これは、たいした花畑やな。さすが桐生ちゃんは人気者やのぉ」ニヤリと真島は笑った。
「調子はどうや?」
「まあまあだ。あと一週間で退院できるらしい」
「それを聞いて俺も嬉しいで」
「兄さん、実は頼みたいことがある……」
「なんや?」
「俺に万が一のことがあったら、遥のことを頼みたい……」
「はあ?なんやて?なんで俺やねん?それになんで桐生ちゃんが死ななアカンねん!」
「兄さん、頼む」
「まあ、例え桐生ちゃんが死んだとしても、俺よりマシな奴がおるやろ。大悟ちゃんとか。堅気がよかったら、伊達のオッサンなんかもええんちゃうか?」
「いや、俺はな、兄さんに遥の保護者になって欲しいと思っているんだ。兄さんは、遥が小さい頃から知っている。遥は、これからも俺のせいで何かと危険な目に会うだろう。でも、兄さんがいれば安心だ。兄さんには力がある。それに、兄さんは人を裏切らない。だから、遥の保護者になってくれないか。勝手な頼みですまない」
「そうか……。よっしゃ、任せとき。俺が遥ちゃんの保護者になったるわ」

          ◆

「なあ、兄さん、今でも遥の保護者でいてくれるか?」
「……当たり前や、桐生ちゃん。もう遅いで。安心して、はよ、寝や」
桐生が去ったあと、真島は部屋へ戻った。窓際に腰を掛けると、風に当たった。今でも、桐生の「保護者」という言葉が、真島の胸にグサリと突き刺さっている。真島は、自分自身の立場と遥との年齢差を認めざるを得なかった。

(桐生ちゃんは、俺の気持ちに気づきよったんか?アカン。俺は遥ちゃんの保護者やったんや……。遥ちゃんにオンナ感じとる場合ちゃうねん……)
遥への淡い思いを押し殺しながら、真島の長い夜は更けていった。

明朝、真島と遥は、お互いの顔を直視できず、会話もぎこちなかった。真島は、何とか遥の気持ちを和らげようと必死に喋るが、空回りしてしまう始末だった。結局、真島は、朝の便で東京に帰ることにした。桐生と遥がアサガオの入り口で待っていた。

「ほな、いつかまた遊びにくるわ」
「ああ、遥の保護者はいつでも大歓迎だぞ」と桐生が小さく笑う。
「え?おじさん、どういうこと?」遥は大きく瞳を見開いて桐生を見上げた。
「俺に万が一のことがあったら、兄さんにお前の保護者になってもらうよう約束したんだ。どうだ?」
「え、どういうこと?」
「まあ、もしもの話だがな」

そう言って桐生は、遥の頭をポンと叩いて笑う。それでも、遥はいきなりの桐生の提案に戸惑いを見せていた。
「桐生ちゃんのことは、心配ないけど、これからは俺のこと、親戚のおっちゃんと思うてくれてもええで。ほな」
そう言うと、真島は遥の手をそっと握り、何かを手渡した。その紙には、真島の携帯番号とメールアドレス、そして、〔いつでも連絡してな 〕というメッセージが書かれていた。
那覇空港へ向かうタクシーの中で「遥ちゃん、連絡くれるやろか……」と、ぼそっと呟いた真島は、ぼんやり流れる景色を見ていた。

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